在宅勤務であっても随所に外出が入る。
客先での業務を終え夕刻、直帰した。
近所のスーパーに寄って惣菜を買って家に戻ると、中はしんと静まり返っていた。
家は無人。
人が不在の空虚が匂い立ち、遠い昔、ひとり暮らしをしていたときのことを思い出した。
当時も帰宅はたいてい夕刻だった。
帰途、夕飯を買うため商店街に足を向けた。
そこは生活感にあふれ、主婦らの買い物する様子から色々な家族団欒の絵が頭に浮かんだ。
そんな中ひとり惣菜を買い、誰もいないワンルームの部屋に戻ってひっそりと食事した。
テレビが発する電気信号由来の無機質な音声が部屋を満たし、それがその空間の実相を物語っていた。
いつしか所帯をもった。
女房が賑やか饒舌で、そこに合流してきた息子たちがやんちゃ坊主であったから、かつての空虚は家族によって過去に遡って全て埋め合わされた。
だから人が不在の空虚な匂いをすっかり忘れ去っていた。
遠い対岸の沈鬱な孤独について回想し、ひどい味のする惣菜をつついていると家内から電話がかかってきた。
スピーカー設定にし、会話しながら食事を続けた。
いつもと同様。
話をするのはほとんどが家内の方だった。
ここ数日レンタル自転車を駆って街中を走り回っているのだという。
昨日は自転車で下北沢まで足を伸ばした。
閑静な住宅街を疾走し長男が引っ越す予定の物件も見つけ出した。
そしてこの日は長男のバイト先を訪れた。
中学受験する子の母親風を装って資料をもらい、中の様子や職員をウォッチした。
家内の話はまだまだ続いた。
二男については食べまくりの武勇伝が伝えられた。
焼肉屋でのこと。
線の細い男子四人組が隣のテーブルで焼肉をついばんでいた。
そのテーブルが食べる分量をはるかに超えて二男は肉を平らげ更に追加し、そしてまた追加した。
四人組は目を丸くしてジロジロと二男を見るが、二男は一瞥のもと無言で一喝した。
四人は慌てて目を逸らした。
単なる大食いが何か秀でた美点でもあるかのように家内が話して盛り上がり、しかし用事でもできたのかまるで梯子を外すみたいに「じゃあまた後で」と唐突に電話は切れた。
それで音声は途絶えたが、辺り一帯に家族由来のじんわりくるような余熱が残った。
空虚な匂いはきれいさっぱり消え去っていた。