KORANIKATARU

子らに語る時々日記

日常の囲いを軽々と踏み越える

休日になってもすることがない。

つくづく思う。

いろいろな活動をするようにはできておらず、だから結局、一様の在り方に収束していく。

 

早朝に起きタスクノートを確認し、そうすると仕事にかかっていつの間にか時間が過ぎる。

すっかり外が明るくなった頃、四方のカーテンを全開にすると部屋に光が満ちて、出かけようと思うが行き先はジム。

 

その後で家に戻って、新聞などを読んだりしているうちあとはつるべ落とし。

ビールを開けて韓流ドラマを観て、気づけば一日が終わっている。

 

このループへと収束していく力はまるで重力みたいに絶え間なく作用し、結局わたしは飛び立てない。

 

他の人も多くは同じようなものなのだろう。

誰もが日常の重力下にあって、不可視のループのなかをぐるぐると回っている。

だから世の秩序が保たれている。

 

そう思っていろいろな人のことを考えていると、全く異なる系統の人物のことが頭に浮かんだ。

その名は、家内。

ああ、懐かしい。

 

その活性は、収束の正反対で発散型。

あれを食べよう、これを食べよう。

あそこに行こう、ここに行こう。

思い立ったが吉日で、行動が思考の手を引いて日常の囲いを軽々と踏み越えていく。

 

もし家内がわたしと同様、収束型の人間だったら、相容れない別地点に収束しいずれ疎遠な仲に行き着いたのかもしれない。

 

自分では何も思いつかない。

だからこそ、次々と湧き出る好奇心に振り回されることはとても楽しく、そうであってこそバランスが保たれているのだろう。

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