昼になって実家に寄った。
家の前に自転車がない。
母が最近買ったばかりの新車をこのところ父が使っている。
買物にでも出たのだろう。
実家を素通りし、わたしは先に昼を済ませることにした。
天気予報が夏日だといったとおり、日差しが強い。
スーツでは暑く、路上を少し歩くだけで汗ばんだ。
冷麺が頭に浮かびタクシーを拾って御幸森にあるパゴダ白雲台を目指した。
たまに母と待ち合わせて昼を一緒に食べた店である。
老舗名店でいまも人気が衰えない。
混み合う時間帯であったが、たまたま空席があった。
冷麺セット。
母が選びそうなメニューを注文し、一人でじっくり味わった。
食後、タクシーに乗るため通りに出た。
路面の空気が炎熱で膨らんでそこに幻が入り込む。
自転車に乗った年配女性がみな母に見えて注視するが、やはり炎熱のせいだろう、次第に視界がかすんでわたしはハンカチで目頭を押さえた。
実家に引き返すと、今度は自転車があったのでインターフォンを鳴らした。
このところ、顔を見せると父が喜ぶ。
わたしの顔を見るとほっとするのだという。
そんなことをこれまで言われたことはなかった。
父からすればわたしなど永遠の未熟者。
だから父の目の黒いうちは言われるはずもない言葉だった。
親を見送る。
人として経なければならない試練の最終段階にわたしは差し掛かっている。
そう思えた。