朝、息子を送り出し、まもなくわたしたちもホテルを後にした。
どのみち日曜日。
早く帰っても仕方がない。
東京駅に荷物を置いて身軽になって、銀座界隈をぶらり散策することにした。
有楽町で電車を降り、人の流れについて歩くと銀座に至った。
歩行者のため道路が開放されて道幅が広く大きく気持ちものびやか。
季節外れの暑さに見舞われた週末だったが所々に秋は潜み、陽が雲間に隠れればひんやりとした秋の涼風が吹き抜けて、そこにいるだけで心地よく楽しい時間となった。
所々でお茶などして銀ブラを満喫し、夕刻、新橋から山の手線に乗って東京駅で新幹線に乗り換えた。
家内はビールを飲んで疲れがあったのだろうそのうち寝入った。
わたしも崎陽軒のシウマイ弁当を食べ終えてすることがない。
ぼんやりと窓外を眺めて過ごした。
途中、山野に低く雲が垂れ込め、異様に寂寞として見える地域に差し掛かった。
空間が異質なものに置き換わったかのようで目を奪われた。
耳に流れる音楽はマイケル・ナイマンのタイム・ラプス。
時間感覚も変質し、「いま、ここ」という実存の不思議を凝視することになった。
ここはどこなのだろう。
グーグルマップで確認すると関ヶ原だった。
ふと想像を巡らせた。
400年前の秋、こういった雲を眺めて所在なくそこに虚空を見た自我もあったのではないだろうか。
東西各々8万の軍勢が実際にぶつかり合って戦闘を繰り広げたとはとても思えない。
「戦」の実態は睨み合いといったものに近く、雲を眺めて「ここでいったい何をしているんだろう」といった過ごし方をした者も少なくなかったに違いない。
一触即発という均衡のなか、ちょっとした要素が決め手となって第三者的な存在がジャッジをくだす。
互いを殲滅せんとするような殺し合いからはほど遠く事前の根回しなどで決戦前には趨勢が決まっていた。
それが本当のところなのだろうと考えつつ、引き続き雲を眺め、自身の中に立ち込めていた若き頃の空虚について思いを馳せた。
一体全体、何の意味があるというのだろう。
若い頃はそう思って、どうにも力が入らず、どこか一歩退く傍観者のように生きていた。
それが一転したきっけかは、結婚だった。
結婚した途端、たちまち「リアル」な時間が流れ始め、子らが生まれてその流れは強度を増した。
一体何の意味があるのだろう。
そう問うて惑う暇などどこにもなく、がむしゃらに頑張ることだけが希望をもたらした。
大切なものがある。
そういうものと出会うと人は変わるのだった。
大切なものを守るためとなれば、人は「リアル」な戦闘の渦中に身を投じることができるようになり、同時に、他者の切実にも想像が及ぶようになる。
つまり、大切なものと出会ってはじめて、誰もが大切なものを有しかつ大切にされる存在であるということが分かり、言い換えれば、尊厳を理解しそれを尊重できるようになる。
立ち込めていた雲は晴れ、汽車は京都を過ぎ、わたしの「戦」場である大阪が間近に迫った。
400年前、その場に臨んだ歩兵にも守るべきものがあったはずでそのため彼らは命を賭した。
尊厳が真剣に対峙する場が醸す「いま、ここ」の切迫感は異様なものであっただろう。
雲を眺めてまさに上の空。
ぼんやり過ごしていたのではといったわたしの想像など失礼にもほどがあるというものであった。
まもなく大阪。
東京で過ごした3日間の幕間の時間は終わろうとしていた。