目を開けると眼下に広がっているのは神宮の杜だった。
さっきまでの光景は消え去っていた。
夢を見ていたのだった。
朝8時を過ぎても、二男と家内は熟睡のなかにあった。
よほど寝心地がいいのだろう。
誰もが早起きの家族であるから、こんなことはなかなかないことだった。
朝9時まで待って、朝食のため6階に下りた。
わたしと二男はアメリカンブレックファースト、家内はフレンチトーストなどをアラカルトで注文した。
わたしは息子に今朝見た夢について語った。
一人暮らしをする部屋に荷物が届いた。
母からだった。
中身はいつもと同じ。
そこらで買えるからわざわざ送ってこなくてもいいのに、事あるごとに母は食べ物や衣類などを下宿先に送ってくれた。
そこで場面が駅のホームに変わった。
汽車の席に座る母は若く元気で笑顔だった。
窓越し、わたしは母にお礼の言葉をかけた。
まもなく汽車が動き出し、まるで映画「細雪」のラストシーンのようだと思ったところで目が覚めた。
母を乗せた汽車はもうどこにも見当たらなかった。
いつの日か、目の前にいる人がいなくなる。
わたしは息子にそう伝えた。
えっ、あたしのこと?
家内は目をパチクリとさせ、息子は黙って小さく頷いた。
それぞれ珈琲をおかわりし、庭園を眺めゆっくりとした時間を味わった。
飽くまで座って後、四ツ谷から高円寺に向かった。
二男の下宿探しが今回の上京の目的だった。
長男が下北沢なら二男は高円寺で決まりだろう。
活性度が高くかつ住みやすい。
若者の選択肢として、この2つが先頭を走る双璧と言っていいのではないだろうか。
不動産屋との約束の時間より早めに着いたので、目についた眼鏡屋に入った。
下宿を選ぶ日に、メガネも選ぶ。
愛着の相乗効果でこの日はとてもいい日になるに違いなかった。
品数豊富で、幸いいいものに巡り合え、息子のものだけではなく家内のものも選んだ。
不動産屋とは事前に連絡を取り合っていた。
訪れると候補となる物件の資料が十数件、机の上に並んでいた。
二男と選んで、3つに絞った。
連れられて見て回り、3つ目で決めた。
賑わう繁華街を一歩入れば閑静で、その落ち着きが気に入った。
駅から近く、手を伸ばせば暮らしの必需品がすべて揃う。
至便であった。
入居の申込みを済ませて、目的は達せられた。
その途端、空腹を覚えた。
電車に乗って赤坂に向かった。
目指すは韓国郷土料理の青松(チョンソル)。
家内が言うには予約困難な人気店だとのことである。
着席し周囲が驚く量を頼むのはいつものこと。
ケジャン、ボッサム、イカコッチョリ、プルコギ&タコ鍋が運ばれてきて、テーブルはたちまち料理で埋まった。
食べて驚いた。
すべて本場の味。
ソウルやプサンで食べるのと変わらない。
特にボッサムはなんということなのだ。
生涯最高のおいしさと言って良かった。
最後は冷麺でしめた。
これまた奥深く風流な味わいで、数々の食通を唸らせたのであろうと思われた。
食後、あたりをぶらり散策した。
土曜日の夕刻。
赤坂界隈に吹く風は極めて爽快、家族3人で歩いて幸福感が満ちた。
前夜同様、飲み物を調達してからホテルに戻った。
まだ早い時刻。
夜はまだまだこれからだった。