早朝から仕事にかかって忙しく、移動距離も長い一日だった。
業務を終えて草臥れ果てて、カラダが肉と冷麺を欲したから途中下車して新長田の平壌冷麺を訪れた。
滅多にないことだが、この日の夕刻、たまたま店内は空いていた。
わたしは四人がけのテーブルにテレビの方を向いてひとり腰掛けた。
と、前のテーブルに座る青年がテレビを背にしていたので、顔を見合わせる形になった。
なんとも気まずい。
向こうもそう思ったのだろう、いつしかともに携帯に目を落とし、互い意識を逸らし合った。
ビールと肉が運ばれてきて、早速わたしは焼き始めた。
食べ慣れた肉であったが、疲れたカラダに沁み渡りやたら美味しく感じられた。
ビールを飲んで肉を頬張り、わたしが食べる量の半分を家内のための持ち帰り容器に敷き詰めていった。
まもなく青年の連れがやってきた。
彼の両親はテレビの方を向いて並んで座った。
そこでようやく青年は店の人にあれこれ注文し、そして親に対しいろいろと話し始めた。
話が漏れ聞こえてきて、見ず知らずの家族の成り立ちが少しずつ明確になっていった。
青年は介護関係の従事者でこの日、夜勤から日勤を通しで働いた。
ちょうど明日は休みだったから仕事後、親と食事しようと思い立った。
親と食事するなら平壌冷麺以外にはなく、親はこの近くに住み、子どもの頃、彼は親によくここに連れてきてもらっていた。
そういう背景が見えてきて、なんというのだろう親近感のようなものがわたしのなかに芽生えた。
たいへんだが充実している。
変わった人もいるけれどいい人もいる。
無口な両親はなんども頷いて青年がする職場の話に聞き入っていた。
他所の家族を眼前にしつつ、わたしは息子たちをしょっちゅうここに連れてきたことを思い出していた。
なるほど平壌冷麺はそういう場所なのだった。
要約するなら、再会の場所。
そんな一語に尽きるだろう。
以前、ネットフリックスで冷麺を特集する番組をみた。
彼の国において冷麺がどれだけ重要な位置づけの食べ物なのか。
番組を通じてわたしははじめて知ることになった。
朝鮮戦争の動乱のなか多くの人が故郷を追われ、多くの家族が生き別れとなった。
冷麺はいわば引き裂かれたその分断をつなぐ心の共有物なのだった。
実際、平壌冷麺はそういう場所であるにふさわしい。
先代、先々代の時代から店を切り盛りするのは家族であるし、訪れる人もみな家族である。
子どもの頃に親に連れられて味を覚え、それが懐かしい味となって心のなかで生き続ける。
そして今度は我が子も引き連れて店を訪れるから、世代を越えて家族単位で通う店になる。
食べてしみじみと家族のことを想う。
そんな食べ物はなかなかない。
息子たちもいつかここを再訪することになるだろう。
そのとき心に浮かぶのは、疑いようもなくわたしであり家内のことである。
つまりここは再会の場所。
いやあこんなに胸に沁みる冷麺はそうそうない。