業務を終えて、夕刻、新長田駅で途中下車した。
肉を焼いて帰ると喜ぶだろう。
そう思ったので平壌冷麺に寄ることにしたのだった。
手始めにロースとカルビを注文し、持ち帰り用の器に取り分けながら肉を焼いていった。
ハラミ、上ミノへと移り、わたしも食べるから補充分を追加し、そのほかテッチャンやこの歳だからレバーも必要だろうと次々頼み、結局はかなりの量をわたしは食べることになり、かなりの量を持ち帰ることになった。
多すぎる。
そんな叱責を受けるに違いない。
が、多くても少なくても結局はNGが出されるであろうから、同じことであった。
文句を言いながらも心のうちではひそかに喜んでくれる。
いつものパターンが想像できた。
そして平壌冷麺であるから締めに冷麺が欠かせず、おみやげに焼肉丼が欠かせなかった。
わたしは冷麺を頼んで食べ過ぎとなり、みやげの分量もひとり分にしては相当な嵩になった。
しかし焼肉丼を失念して招く怒りの方が多大であるのは火を見るより明らかであったので、それを外す選択肢はなかった。
昔、家に子どもたちがいた。
いま彼らは東京で暮らしている。
頻繁に連絡をとるが、うちの家にはもういない。
あとわたしの身内で言えば妹とたまにメールでやりとりし、二週に一度、父と顔を合わせるくらい。
つまり、わたしにとって実質的に、ともに過ごす家族は家内をおいて他にいないのだった。
そしてそれは家内にとってはより極まって、わたししかいないということが厳然としていた。
その構図が痛いほどよく理解できるから、わたしとしてはすべて受け止め、女房がいるだけマシとよい部分に光を当てて、日々機嫌よくやっていくだけの話であった。
もし一人だったら誰かの喜ぶ顔など浮かぶはずもなく、旅行にも外食にも服を買いに出かけるといったこともないだろうから、暮らしはなんとも虚しいものであったに違いない。
つまり、日毎聞こえてくるNGなど人生を賑々しくしてくれるスパイスのようなものと言え、それがなければ侘びしくも寂しい、まるで墓場で暮らす味気ない日々であったということである。
まだ墓場へ行くのは早すぎる。
残り時間があるうちに目一杯、辛口の刺激を甘受して生を謳歌しようと思う。