土曜日と打って変わって日曜は朝から晴れ渡った。
雲ひとつないむき出しの地表を寒気が直に覆い、凍てついた。
だから午前中に訪れた梅田の街は、すっかり冬の装いとなった人々で溢れ返っていた。
阪急百貨店で家内の買い物に付き合っているうち、どんどん人混みの度が増していった。
人で満ちる前に退散しよう。
わたしたちはさっさと昼を済ませ、家へと戻った。
午後は家内とともにジムにてゆっくり心静かに過ごした。
頭を無にして泳いで筋トレし、内なる自己が再生されていくプロセスに実感が伴った。
わたしたちにとってジムこそがとっ散らかった自身を取り戻す回復の場所なのだった。
そして寒気とサウナの相性は抜群で、谷深ければ山高しというとおり、サウナで汗をかく時間に至高の心地よさを感じた。
絶頂感と言ってもよかった。
ジム活にて絶頂を迎え、もうこのまま微睡んで一日を終えてもよかった。
が、家内が買い物に行こうと腰を上げた。
息子たちがまもなく帰ってくる。
すでに冷蔵庫は山海の珍味で満杯だったが、家内は気付いた。
米がない。
ついでに言えば、わたしたちが食べる玄米もなかった。
それで家内の運転でわたしたちはビッグビーンズへと向かったのだった。
日曜の夕刻、芦屋へと進む車中のBGMは洋楽の懐メロだった。
次から次へとSpotifyから耳馴染んだ名曲が流れて途切れない。
わたしたちは揃って「山添まりのSUNDAY SUNSET STUDIO」のことを思い出していた。
子どもたちが小さかった頃、近場へと出かけての帰途、時刻はちょうど夕刻でわたしたちは決まってこの番組を聴いていた。
家族で過ごしたあの平穏な空気が時空を超えてここに現れ出たようなものであり、洋楽の名曲が懐かしく、そのラジオ番組も懐かしく、何よりわたしたちの当時が懐かしく、なんとも言えない感慨が夫婦の胸に押し寄せた。
そんな懐かしさついでのことだろう。
家内がダニエルのケーキを食べたいと言い出した。
それで芦屋川沿いのテラス店を訪れたのだったが、時すでに遅し。
ケーキはすべて完売となっていた。
しかしそれであきらめる家内ではなかった。
ではと、本店へと向けクルマを走らせた。
芦屋からなだらかに続く坂道をくだって山手幹線を西へと向かい、もはや神戸市東灘区というところに本店は位置していた。
幸い幾つか残っていて、目論見通り家内はケーキを手にすることができた。
他に2組ほどケーキを求める客がお見えだったが、見るからにケーキに目がないといった風体の最後の客は売り切れ御免の憂き目を見ざるを得なかったのではないだろうか。
無事にケーキを確保し、そこから改めてビッグビーンズを目指した。
Uターンしてもと来た道を引き返した。
坂道をあがるごと、萎んで薄れた芦屋色が明度よく色濃く蘇っていった。
そしてわたしたちはまたしても痛感するのだった。
やはり芦屋は芦屋。
ビッグビーンズの駐車場は高級外車で埋め尽くされ、店内は富裕で洒落た雰囲気の方々で賑わっていた。
そんな中、「ごめんやしておくれやして」とドサクサに紛れるように夕飯に添えるオレンジワインを選び、米と玄米の他、鍋に投入する肉類と野菜を買い求め、その時点で場違いも限界、わたしたちは逃げるようにして芦屋を後にした。
家での夕飯時も洋楽の懐メロを流した。
名曲が汲めども尽きない。
なんて贅沢なことだろう。
向かい合って鍋をつつきワインを注ぎ合い、わたしたちを包んでいたのは昔から引き続くあの普遍の平穏だった。