コンサートが終わる頃合いを見計らって、ホテルの部屋を出た。
大手町から東西線を使って九段下で降り、水道橋方面へと歩いた。
まったく未知の夜道を歩いて、その新鮮さに喜びを覚えた。
二男に手渡す料理などを手に提げ、その手応えと併せ、生きていることのリアリティが増したように感じられた。
やはり旅はいいものである。
2月9日は肉の日だとのことであったから、水道橋駅近くの焼肉屋を予約してあった。
6時から始まったコンサートが見込みどおり9時半には終わり、ひと足先に到着したわたしに続いて二男と家内が現れた。
コンサートの感想を聞くと、「とても良かった」とのことだった。
随所で感涙しそうだったと二男は打ち明け、テイラーめっちゃかわいかったと付け加えた。
テイラー・スウィフトのデビューが2006年であるから、二男にとっては物心ついた時から人生にテイラーの歌声が敷き詰められているようなものと言えた。
だからこれまでを通貫しての総勢45曲は二男が経てきた数々の名場面を照らすようなものであったはずで、全部が応援歌として響き、そりゃグッとくるのも当然という話だった。
コンサート会場から近い。
そんな理由で選んだ焼肉屋だったが、出される肉すべてが素晴らしかった。
大袈裟な話ではなく、ここに匹敵する焼肉屋など存在しない。
そう思えた。
カウンターの向こうで肉を切り分ける職人さんが言った。
先日、勉強のため大阪鶴橋を訪れいろんな店で食べてみたが、おいしいところはなかった。
わたしも同感だった。
実は鶴橋に美味しい焼肉屋など存在しない。
この店といい勝負ができるとしたら阪神尼崎の味楽園や河内小阪の宝園くらいだろう。
わたしはそう言った。
おすすめどころの肉を全部食べ、最後は盛岡冷麺で締めた。
店主に再訪を約束して店を後にして、息子を駅で見送ってから、わたしたちはタクシーに乗り込んだ。
と、そのとき。
「あさっての夕方なら時間がある」
そんなメッセージが長男から寄せられた。