先日のこと。
料理教室の場で「大学生がいるような歳には見えない」と口を揃えて驚かれ、まあよくあるお世辞だと受け流しつつ、出し抜けに、かなりのリアリティをもって家内は思った。
そろそろ息子たちが結婚する。
よく考えれば自分が結婚したときの親の年齢にいつしか近づき、だから、役割交代。
今度はいよいよ親として、子の結婚を迎えることになる。
もちろんまだ相手も定まらず気の早い話と言えばそうでもあるが、その気になればすぐに相手は見つかるはずで、そう思えばここ数年内の話といって的外れでもない。
それで、美容院帰りの女房と二人。
寿司をつまみつつ、わたしたちは息子たちの結婚式についてあれこれ想像を巡らせることになったのだった。
結婚式は二度にわたる。
わたしがそう言うと、家内は頷いた。
いまを過ごす東京で執り行い、かつて暮らした大阪でも執り行う。
大阪会場ではわたしたちの友人にも声をかけよう。
そう言うと、これまた家内は頷いた。
息子にとって人生の先輩にあたる方々に挨拶する場が必ずなくてはならない。
で、誰が来てくれるのか。
場末の寿司屋の一隅で、ひとりひとりの名が浮かぶ。
必須の登場人物たちが、会場へと続くランウェイを颯爽と駆けて集まり、勢揃いすれば壮観。
親の人生の総決算とも言える絢爛豪華がそこに現出し、息子夫婦の門出を祝福してくれる。
日程調整は簡単ではないだろうが、いうなれば飲み会を企画するのと同じ要領で手慣れたもの。
そして、全員集合となるその吉日は長男のときと二男のときで二回にわたる。
これまでの飲み会の調整は準備体操みたいなものだった。
その吉日の日程調整こそが、わたしにとり人生最大の任務となるのだろう。