西宮北口にだけジムがあるわけではない。
終業の時間に合わせて、各所を活用しよう。
そう思ってこの日は帰りに北浜のジムに寄ってみた。
駅の真上にあって至便。
利用しない手はない。
が、西北に慣れているからプールが狭く窮屈に感じられた。
レーンに複数人が集いはじめたときには、うなぎみたいに身体をコンパクトにすぼめて泳がざるを得なかった。
それでもまあ30分は泳いでサウナに入って心地よく、これもよしとジムをあとにした。
家に戻ると家内は留守だった。
クルマがないからジムにいるのだろう。
空腹が極まっていた。
連絡を入れるのは急かすようで気が咎めた。
それでわたしは駅前へと赴き、そこで簡単に夕飯を済ませたのだった。
結果、家内は激怒した。
ステーキなどごちそうを取り揃え、金曜夜の夕飯を豪華に整えるはずだったのに、一体なんのつもりなのだ貴様、といったようなものだろう。
家内が男であれば、わたしの胸ぐらを掴んで凄むくらいの話だったかもしれない。
で、平謝りを重ねつつ、家内が男だったらどうだったのだろうとわたしは想像を巡らせた。
一歩引き気味なわたしの正反対で、家内の場合はここ一番で一歩踏み込む。
その特質は群雄割拠する乱世でこそ活かされて、時が時なら飽くなき一歩が積み重なって権勢を奮い、各地隅々にわたって聞こえ高い剛勇の将として名を轟かせたに違いない。
だからそんな相手と露知らず無思慮にも家内を小馬鹿にして当てこすり、あまつさえ、その幼い息子たちまで冷笑し小汚いサルのごとく軽侮したあの者たちはものの上下も弁えぬほど事理弁識を欠いていたというしかないだろう。
今後このようなことがないよう十分注意する旨、わたしは家内に上奏し、今後の再発防止策についても縷縷述べた。
まさに注意一秒、怪我一生。
わたしはあのとき水でも飲んで一時的にでも空腹をしのぐべきだったのだ。
そうしていれば時をおかず、楽しく夫婦で語らいステーキとワインを思う存分味わうことができていた。
我慢が効かず、それで踏み躙った貴重な「ひととき」を思えば、何ら抗弁のしようがない。
ジムはあちこち行くにせよ、メシは一つ所で。
そう心得る一日となった。