電話しながらだったからだろう。
池部駅に停車している電車にそのまま乗って、思ったのとは反対方向へと運ばれた。
単線の電車に乗ることは滅多にない。
その不慣れも手伝ってのアクシデントだった。
タイトな時間を縫うように動いていたから、その時点で次の事業所への訪問は遅刻確定となった。
顔色を失くして謝罪の連絡を入れ気を取り直し、少しでもロスのないよう本来の行き先であった王寺へと戻って電車を乗り継ぎ吹田方面へと急いだ。
結果、15分遅れで到着し、なんとか無事に任務を果たすこと叶った。
ああ、やれやれ。
前夜食べ過ぎていた。
だからこの日は朝を抜き、そして昼をとる時間も見つけることができなかった。
夕刻を前に雨が降り始め、ひもじさが掻き立てられた。
事務所へと戻る道中、空腹が極まって、梅田で乗り換える際には足に力が入らないといった感覚にまで至った。
しかしそれでも引き続き何も口にせず、事務所でデスクワークをやり終えて、もと来た道を引き返し梅田へと戻った。
家内との待ち合わせ場所は、よりにもよって人の往来が凄まじい阪急百貨店前だった。
わたしが先に着き10分ほど遅れて家内が現れた。
雨足が強まるなか小競り合いとも言えるタクシーの争奪戦を二人ががりで制し、毛馬町へと向かった。
この日は毎月通うしゃぶしゃぶやすだの予約の日だった。
ああ、やっと食事にありつける。
エネルギーが枯渇し意識も朦朧とするなか、頭上に特上の牛肉が浮かび、そこから放たれる一筋の光にわたしは照らされているようなものだった。
こんなにおいしいものがあるのか。
前菜のハンバーグを食べてそう感じ、空腹にビールが沁み、しゃぶしゃぶの肉も同じく心身に沁み渡っていった。
食事あってこそ。
この夜わたしは心底食べ物に感謝するような気持ちになった。
ビフカツで締めワインが一本空いたところで大将にお礼を述べて店を後にした。
通りを歩くとすぐ近くにバス停があり、ちょうど大阪行きのバスが出発するところだった。
夫婦で駆けて、滑り込みセーフ。
雨降る街路を車窓の向こうに見つつほっと安堵し、わたしはこの日目にした西田原本駅ののどかな光景を思い出していた。
単線は奈良の地の奥深くへと続き、その終着駅が西田原本駅だった。
王寺駅に着くはずが様子が異なる。
そう気づいて、のどかな光景の真ん中で「ここはどこなんだ」とわたしは青ざめ驚愕した。
しかし、あのとき胸に沸き起こった切迫感はほぼ跡形なく消え失せていた。
しゃぶしゃぶやすだで、わたしはすっかり癒やされ満たされたのだった。