二十代の頃のこと。
連日飲み歩いていた。
勤め人であることが嫌でたまらなかった。
このままではこのまま。
未来が見通せず、それで憂さ晴らしが必要だったのだと思う。
しかし飲んで何かが前に進む訳はなく、朝の重苦しさが増すばかりで、「このままではこのまま」という堂々巡りを自ら強化しているだけのことだった。
あるとき一緒に飲んでいた先輩が自嘲的に言った。
「仕事がほんとうにできるやつはさっさと帰って、いまごろ寝てるんだよ」
その先輩とはかなりの時間を一緒に過ごしたが、その言葉だけが記憶に残っている。
この日の午後、大事な営業の機会があった。
前に入っている打ち合わせが長引いていたのだろう。
わたしは控室にてじっと座り、出番を待つ芸人さんの気持ちなど想像しながら、じれったいような思いで声がかかるのを待った。
しかし、なかなか出番がやってこない。
こんなときは座っていても埒が明かない。
わたしは立ち上がった。
窓の向こうに目をやって、名神高速をクルマが行き交う様子をただぼんやり眺めただけのことであったが、座って生じる邪念のようなものはすぐさま消えて、文字通りわたしは前をだけ向く状態になった。
つまりスイッチが入ったのだった。
まもなくわたしの番が回ってきて、会議室へと呼ばれた。
しかし前の打ち合わせのやりとりが原因なのか、相手方の表情が一様に険しく、わたしは面食らってしまった。
「つかみ」から滑ったような状態で相まみえることになり、わたしの方は笑顔であっても相手方の雰囲気が硬いままだったから、いやな汗が背筋を流れはじめた。
いつものように言葉が繰り出せず、ああ、なるほどとわたしは自分を振り返った。
前夜、家に帰ったあと家内とまた飲み始めてしまった。
わたしはこの営業の場面をなめてかかって、睡眠不足と準備不足のまま場に臨んでしまったのだった。
もし最良のコンディションであったなら、相手方が硬かろうがどうであろうが機敏にアプローチを変えるなど押し引きして、外れた音色を適切にチューニングできたに違いなかった。
最強のボクサーでもコンディションが悪ければマットに沈む。
五十過ぎのおっさんなら尚更。
そんなことを思いつつ、なんとか戦況を変えようともがき、必死の手数が功を奏しクリーンヒットが入ったのだろう、凍った場面が一気に溶けた。
そこからわたしはいつものペースを取り戻し、相手も笑顔で和やか。
わたしの話に聞き入って、かつ多弁になった。
なんとか無事、先へとつながる話になったのであったが、いやあ、しかし冷や汗をかいたことに違いはなかった。
その夜、ジムへと赴いた。
泳いだ後で筋トレして痛感した。
ここしばらく筋トレをさぼっていたからてきめん。
負荷を軽くしないことにはいつものルーティンがこなせなかった。
つまりこういった形でも自身のコンディションの不調が明確になるのだった。
日頃からしっかり運動し身体を鍛え、きちんと寝て、仕事に備える。
そうしないとマットに沈む。
そう身に沁みて学ぶ一日となった。