入社式は昼からのスタートだった。
交通の便がいまひとつだったので会場までわたしはタクシーを使うことにした。
運転手に行き先を告げ、連れて行かれた場所は路地が入り組む物寂しいような下町だった。
タクシーを降り会場とされる建物の中を探ったが、廃屋といった趣きで人の気配などまったくなかった。
そこが会場である訳がなかった。
時計をみるとまもなく12時で、あったはずの心の余裕が見る間に失われていった。
狼狽しつつ案内状を再度確認した。
わたしは大阪が会場だと思っていたが、案内状には奈良と記されていた。
しかも開始時刻が朝7時とあった。
もうとっくにそんな時間は過ぎていた。
焦りに焦った。
嫌な汗が全身から噴き出した。
せっかく入った人気企業なのに、わたしは無断で入社式を欠席してしまったのである。
辞退したと思われたら、入社にこぎつけるまでに費やした苦労が水の泡になる。
わたしは慌てて電話をかけた。
しかし奈良にも大阪にも一向に電話は繋がらなかった。
絶望の淵を絵にすればそうなるといったような、路地がとぐろを巻く辺境にひとり取り残され、わたしはただただ途方に暮れた。
そのように絶望が極みに達した段階で、目が覚めて世界が一変した。
わたしはふかふかの寝床のなかにいた。
そして思い出した。
わたしは自営の者であった。
だから入社式がどこで何時に催されようが何の関係もなく、路地裏であろうがどこであろうが、誰に断ることなくいつだってほっつき歩くことができ、それで咎められることもなかった。
このところ新規の客先で自己紹介する機会が何度かあった。
詳しくはホームページを見てください。
そう言えればどれだけ楽かと痛感しながらであったので、何度も話すうち「私が何なのか、どんな役割を果たすことができるのか」がまるでビジュアルとでもいったように明瞭になっていった。
そりゃ需要があるに決まっている。
そう確信できる自営業者なのであるから、絶望とは正反対の場所に立っていると言っていい。
悪夢から覚めわたしは自分に目覚めたのだった。