疲れたときには眠るに限る。
特に雨が降り続くような夜には尚更のこと。
たっぷり10時間。
それくらいの睡眠を取ろうと思って、この日わたしは夜8時過ぎには寝床に就いた。
心身に潜む倦怠感は一掃され、長い夢路を経て、日常では起こり得ないブレイクスルーが生まれる。
それで気を揉む案件について解決の糸口も得られるに違いない。
そうあてこみ、わたしは布団をかぶってしばし日常からおいとましたのだった。
雨音が眠りを深みへといざなって、時間が遠景へと退いていった。
まもなく別の世界が現れた。
様々な人物が年齢不詳で登場し、出現する場所も脈絡なく無秩序。
その奇想天外な世界にはすべてが揃い、すべてがありありと息づいていた。
ある場面で、昔暮らした下宿先の電話機が眼前に現れた。
見るとピコピコと点滅している。
留守電に誰かがメッセージを入れてくれているのだった。
学生時代、そんなことはめったになかった。
壊れているのかも。
そう思うくらい電話は鳴らず、メッセージが残されることもなかった。
いったい誰からだろう。
わたしは期待に胸を膨らませ、再生ボタンを押した。
「元気か、なにかいるもんあったらいつでも電話しておいでや」
懐かしい張りのある声が流れ、「元気、元気」と応答しようとしたところでわたしの意識はたちまち「いま、ここ」へと浮上した。
響き渡る雨音の中、寝床にて半身を起こした。
たったいま耳にした母の声を思い返し、わたしはひとりつぶやいた。
元気やで、全部足りてる、何も心配いらん。
まだ真夜中だった。
つまり時間はいくらでもあった。
わたしは再会を果たそうと横になって布団をかぶり再び目を閉じた。
記憶には残っていないが、朝の寝覚めが殊の外よく、だからわたしはそこで母に会えたと確信できる。