先日帰省した際、二男は東京の従姉と一緒にうちの実家を訪れた。
その際、ビールと明石焼を持参したという。
突如、孫が姿を現し、父はさぞかし喜んだことだろう。
その証拠、持ち込まれたビールはすぐに空き、冷蔵庫のなかの発泡酒まで飲み尽くされた。
ところで、なぜ明石焼なのか?
そう聞くと二男から意外な答えが返ってきた。
じいちゃんは明石焼が好物だから。
父とは54年以上の付き合いになるが、明石焼が好きだったなどわたしははじめて耳にした。
それで心の奥底、わたしのなかに明石焼が潜んで出番を待っていたのだろう。
たまたま梅田で明石焼の店の前を通りかかり、わたしの足は吸い寄せられた。
もちろん今までにも明石焼を口にしたことはあった。
が、いまや明石焼は、父ーわたしー息子という、わたしたち男子の系譜を貫く象徴的な一品となったのであるから、味は昔を凌駕した。
だから続いて訪れた三宮でも業務を終えた帰途、気づけば明石焼を求めわたしは商店街をぶらついていたのだった。
そして明石焼が一役買った実家での団欒を想起しつつ、ひとり場末の店でその輪に加わった。
ちょっとしたエピソードがきっかけで食のヒエラルキーが塗り替えられる。
もはやわたしのなか、明石焼はB級ではなくA級グルメと位置づけられた。
このように、明石焼が一気にスターダムにのし上がった水曜の夕刻、わたしはジムへと赴きたっぷり運動し、一方の家内は大阪でインディバと美容点滴を受け終え、夜になって家で合流した。
夕飯は女房が作るラーメンでそれを向かい合って食べた。
慈しむべきこんな場面が折り混ざり、ラーメンもまた特別なメニューの座を占めもちろんA級、明石焼にまったくひけを取らないのだった。