前夜、食べすぎた。
だからわたしひとり、朝食を抜くことにした。
勿体ないが仕方ない。
朝食後、家内は隣接する百貨店へと買い物に出かけ、一方のわたしはプールにでも行こうと支度して階下へと降りた。
ロッカーで着替えはじめたその瞬間、家内から連絡が入った。
円安の影響で日本の方が安く、それを押してまで買うにふさわしいものはない。
それが前日の結論だった。
が、この朝、現場で買い物する日本人から家内は聞きつけた。
優待扱いになるブランドがあるのだという。
であればと前のめりになるも、目当てとする品は明洞の店にはなく江南に最後の一つが残されているだけとのことだった。
フライトの時間を考えれば免税品の購入は12時半がタイムリミットで、しかし楽しみにしていたエステの予約があって家内はとても江南まで動けない。
そこで家内の頭に思い浮かんだのが、わたしという存在だった。
電話で話を聞いて、わたしは事情を呑み込んだ。
空腹のまま泳ぐのも気が進まなかったから、わたしにとっても好都合だった。
わたしは部屋へと取って返し、一路、江南を目指した。
渋滞に巻き込まれるといったリスクを回避するため地下鉄を利用した。
時間に猶予はなかった。
40分ほどかかる道のりであったから、ちょっと道に迷って明後日に進んでしまうと目的を果たすことができない。
だからわたしは常時iPhoneに目を落とし、現在地点と目的地点を見比べて自分が江南の店へと接近中であることを確認し続けた。
なんとかスムーズに最寄駅に着き、目的地は真ん前。
ロッテワールドタワーの9階にその店があるとわたしは重々承知していたが念には念を入れ、地階の受付カウンターで店の所在を確かめ、あとは慌て騒がずエスカレーターが進むに任せた。
こうして12時ジャスト。
店で名を告げ、あとはあらかじめ整えられた手筈どおりに事が運んで、わたしの「はじめてのお使い」は無事完遂となった。
今後、その指輪を目にする度、わたしはこの日のことを思い出す。
普段使いのものではないから機会はそう多くないにせよ、こうしたちょっとしたエピソードが感慨を深め、その輝きは一層増すことになるだろう。