1
遠足気分で仕事することもあった。
駆け出しの頃のことである。
こなすべき分量はさしてなく、その日はそこに赴き用事をすれば済む。
そのような場合には、遠くに出かけることがただただ楽しい。
まさに遠足。
物見遊山に興じる者のごとく電車に揺られ、あるいはハンドルを握り、気の向くまま土地の空気にカラダを慣らしそこらを歩きまわる。
もちろん最大の楽しみは食。
当地の名産を昼食にし、昼時でなければ三時のおやつとして食し、三時でもないのであれば単なる間食として楽しむ。
要するに、ただひたすらあれこれ食べる。
何と愉快な日々であったことだろう。
ゆるやか仕事できた往時を時折は偲ぶ。
2
連休が明け、にわか冷え込みが厳しくなった。
火曜よりも更に水曜は気温が下がって、いよいよコートまで必要となるいきなりの冬の到来であった。
おまけに午後からは雨だという。
午前中に段取りを終え、ひとり出かけ電車を乗り継ぐ。
この日午後、仕事が過疎となった。
かつての遠足時代を懐かしみつつ、午後一件だけの用事に向かう。
行き先は八幡市。
昔なじみの業者さんとそこで面談はするが、それ以外の時間はすべて白紙。
視界一面、白く広がる雪景色のように真っ白け。
3
八幡であれば岩清水。
小学生のとき、何度か遠足で訪れたことのある石清水八幡宮に立ち寄ることにした。
先日、重要文化財から国宝への昇格が決まったとの報道もあった。
かつて男女二列となって登った参道を上がる。
引率の先生、クラスの悪ガキ、可愛かったあの子やこの子の横顔がいくつも浮かぶ。
賑やかふざけ合った記憶が鮮明によみがえる。
わたしたちはまるでサル同然であった。
小雨がぱらつき今にも本降りとなりそうであるが傘を差すほどでもない。
駅前のコンビニで買ったビニール傘を手にひと気のない石段を一段一段のぼっていく。
ケーブルで上がる人影はいくつもあったが、平日の午後、ここを行く人はない。
隣同士、男女で手をつながされたが、気恥ずかしく、指先だけ触れ合うようにだけしたことも思い出す。
いま音信ある者はひとりもない。
風の噂を聞くこともない。
先生は鬼籍の人となったのかもしれず、悪ガキたちは悪童の度を強め、可愛かったあの子たちは見る影もないおばさんになっているのだろうか。
どこかですれ違っても、おそらくお互い気付くこともないのだろう。
4
時間はいくらでもあった。
だから面談が長引いた。
数年ぶりの顔合わせであった。
積もる話はいつまでも尽きなかった。
日暮れ迫る時間となり顧客先を辞す。
ひとり駅までの長い道のりを歩く。
次に会うのはまた数年後のことであろうか。
雨が冷たく薄暗がりの道がますます心寒いものとなる。
一人で歩くと胸のうち様々な記憶が去来する。
この日だけで、すっかり忘れ去っていた面影をいくつ思い出したことだろう。
大半とこの先もう会うこともない。
5
帰宅する。
子らはすでに家にあって食事を済ませていた。
家内が夕飯の支度をしてくれる。
家はいい。
芯から温まる。
家内とワインを飲みチーズをつまむ。
007が話題にあがる。
まもなく007の最新作スペクターが公開となる。
公開を間近に控え、007の熱烈なファンである家内の友人が盛り上がっている。
待ち遠しいというその友人のメールに対しコメントしてと家内が言うので、私が言葉を足した。
ダンスダンスダンスは村上春樹。
男子男子男子はジェイムズ・ボンド。
いかにも上出来と私は手を叩いて笑ったが、家内は首を傾げていた。
一晩経って家内の気持ちがとてもよく理解できる。
酔った際にはやはり発信は控え言葉慎むべきなのである。