堺筋線は天王寺駅をかすりもしない。
途中でそう気づいて動物園前駅で降りた。
阿倍野の田中内科クリニックの最寄駅は天王寺駅だが動物園前駅からでも至近であることは変わらない。
5分歩くのも8分歩くのも同じようなものである。
ただ街並みは少なからず異なる。
天王寺からの道が日向だとすれば動物園前からはやや日陰風と言えるかもしれない。
たまにであれば影差す道をひっそり歩くのも情趣あって悪くない。
阪神高速の高架下を東へと抜ければ途端に街の相貌が違って見える。
この数分で大阪の陰陽両方を堪能できるのであるからこの通りは必見であろう。
アルコール内科として名高い小谷クリニック、続いて大阪市大病院前を過ぎるとすぐ左手に田中内科クリニックの入るビルが見える。
三階へとエレベータであがって受付を済ませ院長の診察を受ける。
疲労があったので診察のついでにニンニク注射を施してもらう。
梅雨時特有の分厚くしつこくこれでもかと押し寄せる湿った空気が、心身の鋭気を削いで朽ちらせる。
なすがまま疲労が蓄積すれば、目は死んで、どんより曇って世界までくすんで見える。
居座る倦怠を一網打尽、ライブな世界を蘇らせるうえで、ニンニク注射ほど即効性に優れた手当てはないだろう。
効果てきめん。
体ラクラク、心ウキウキ。
粘度高い空気を軽々と押し返し、土砂降りの雨をものともせず、わたしは晴れやか帰途についた。
現在、我が家のリビングはまるごと全部が長男の勉強スペースとなっている。
定期考査といういくさに臨む陣地さながら。
一気呵成に試験準備をこなす上で、広い陣地が効率を生む。
長男は、と見ればソファで家内から耳リフレを受けている。
耳リフレが、母子コミュニケーションの一助を果たす。
この心地よさ、長男も例外ではなくとりこになる。
わたしは階下の和室へと居場所を移す。
空調がほどよく効いて畳の匂いが芳しい。
二男と寝そべりテレビを見てのんびりとしたひと時を過ごすが、温泉宿の旅館でくつろぐような感興を覚えてとても幸福な気持ちになる。
激しく打ちつける雨音がはるか彼方に遠のいたように思えた。
同じ家でありながらたまには居場所を変えてみるのも面白い。
今朝早朝、わたしは和室で寝入っていた。
階上で勉強する長男の安堵するような声が聞こえた。
さすがにこの雨である、どうやら警報が出たらしい。
自宅待機となって学校は休校となるようだ。
しかし、あにはからんや、雨の勢いは急速に衰え、幸いなことに大過なく嵐はのこのこと過ぎ去った。
朝の8時18分、大阪市内に発令されていた警報はすべてが一斉に解除された。
その報は彼にとっていくぶん悲しい知らせとなったかもしれない。
午前の予定が繰り下がり、定期考査は午後から行われることになった。