午前中にジムを済ませ、夜はオンラインでヨガと英会話に取り組む。
このところ家内の時間構成がそのようになっている。
仕事の手伝いに来ていた家内の運転で帰途につき買物を済ませ、家でヨガする家内と別れ、わたしはひとりジムに向かった。
夕刻、見慣れた街路を歩く。
年々シャッターに閉ざされた店舗が増えて、寂とした感が増している。
次第、視線は内を向く。
筋トレすれば、この内向的な行為によって、意識は更に内へ内へと沈潜していく。
意識は変性するが、その静けさの居心地はなかなかいい。
家族の存在が内面化されているから、その深奥でも家族と出会う。
ひとりひとり笑顔に満ちている。
子育ての手が離れ始め、家内は充実のなかにある。
長男は数々の出会いと課題に恵まれ東京での暮らしを満喫している。
二男は言う。
いま勉強が面白い。
受験勉強という束縛をも楽しんでその成果も現れ、いま数学が最強化しつつある。
家族皆が揃って幸せ。
単に幸福であるだけでなくその度を競うほどに幸せだから、これを指して至福というのだろう。
わたしもそう。
かつては定時まで拘束される立場を呪い、自由に街路ゆく人を窓越し眺めその境遇を羨んだ。
いまわたしは好き勝手気ままに往来を歩くことができる。
そんな小さなことが幸せのツボとなり、そこから喜びがじんわりと広がっていく。
ジムの帰り道、いつものとおり駅前のコンビニでビールを買った。
喉に流し込んで、至福。
こちらの至福も安上がり。
たった221円で手に入る。
歩いていると、電話が鳴った。
一体誰からだろう。
わたしは身構えた。
電話を見ると母からだった。
何かあったのか。
慌てて電話を受けた。
元気そうな声が耳に届いて、ほっとした。
テールを送った、という報告だった。
いつまでたっても母は母。
そう言えばこの月末、実家に立ち寄れていない。
そろそろ顔を出し、親の顔でも見てこよう。
実家の冷蔵庫では発泡酒がキンキンに冷えている。
せっかくだからと以前はビールを持参した。
が、親が普段飲む酒を一緒に飲むほうが感慨深いと気づいて、父と発泡酒を注ぎ合うようになった。
これなどもっと安上がり。
内に行けば行くほど安上がり。
これを幸福の熱力学第二法則と名付けたい。