朝、電車に乗っていると電話が鳴った。
谷町九丁目で降りてすぐに折り返した。
ほんとうにびっくりした。
またしても絶妙のタイミングでいい話が降って湧いたのだった。
この日の午後、業務を終えてから不動産屋を訪れる予定にしていた。
事務所の移転を決めたはいいが、肝心の移転先選びを先延ばしにしたままだった。
いよいよこの日、物件探しに着手と自身に言い聞かせていたものだから、胸の内が天に通じたとしか思えなかった。
電話でもたらされたのは、まさに移転先とするのに格好の物件の話だった。
これ以上はないという条件の話であり、渡りに船と喩えるにしてもあまりにも出来すぎた物件がわたしのもとに舞い降りた。
これで不動産屋を訪れる用事が省け、午後のスケジュールに余裕ができた。
矢田での業務を終え小雪舞う針中野で喜多方ラーメンを食べ、その足で物件を見に行った。
駅の真上で交通至便。
仕事するにも最適であるが住むにも適して、どのような視点でみてもこれ以上の選択肢はなかった。
ビルを見上げて感慨にふけっていると、幾つもの思い出が頭に浮かんで眼前をよぎった。
そう言えば、いまの事務所への移転の際も話が降って湧いたようなものだった。
振り返れば、すべてが向こうからやってきた。
事務所だけでなく助さんだって格さんだって向こうからやってきたし、お客さんも同様。
なんと不思議なことだろう。
つまり、すべてが運で、わたしはただただ運に恵まれただけのことであった。
そして、思い至った。
元はといえば、わたしという存在自体が気も遠くなるほどの幸運の連なりの結果であり、こんなわたしでさえつまりは奇跡の産物と言えるのだった。
だから、物件を探そうと思ったその日に物件がもたらされることなどありふれたような話でしかなかった。
すべては奇跡。
そう思って辺りを見渡せば、見慣れた景色の奥に潜む奇跡がいまも盛んに蠢いているように思えた。
度肝を抜くような驚天動地の数々にわたしたちは取り囲まれているのかもしれない。