空が白みはじめた時刻、わたしは30階に降りプールへと向かった。
こんな早朝に泳ぐ人は他にいない。
一人でプールを独占し、悠々と泳いだ。
泳ぐと感覚が変質する。
カラダが水に溶け込んで拡張し、意識だけが水に浮かんで肉体のリアリティが消失する。
薄闇のなかプール内の照明だけが柔らかな光を放って、意識を照らす。
ああ、これがわたしなのだとわたしは単純素朴な自身の「いま、ここ」に向き合った。
まもなく東京の地は陽の光に満ちた。
前日と打って変わって空は晴れ渡り、どこまでも青い空を眺めて湯につかって、プールで捉えた自身の喜びの源を引き続き凝視した。
家内がサウナから出るのを待ってチェックアウトし、昼食をとるため地下鉄丸ノ内線で銀座に向かった。
長男のバイト先に近い木曽路を予約してあった。
わたしたちが先に着き、時間になって息子が現れた。
わたしたちは定食を注文し、長男はしゃぶしゃぶをすき焼きに変更しコース料理と肉の追加を頼んだ。
給仕するバイト女子に家内がしきりに話しかけ、その女子が大学四年生で兵庫高砂の出身だということが分かった。
長男が笑って言った。
バイトしていると大学はどこ、就職先はどことしょっちゅう聞かれる。
やはり学歴への関心が高い社会であるから、みな聞いてくるのだろう。
まあ世間的にそこそこの大学に通えてよかったではないか。
そうわたしは言った。
彼が卒業した中高からすれば早慶など敗残者といった位置付けの大学であるが、そんな特殊な価値観に惑わされてしまうと不毛な受験勉強にもっと時間と労力を割かねばならなかったかもしれない。
受験を通じ身の程を知り、さっさと切り上げ前へと進んだことはうちにとって正解だった。
食後にコーヒーを飲んでゆっくり過ごし、二男のときと同様に記念写真を撮ってから店を出て、バイトへと向かう長男の背を見送り、わたしたちは銀座をぶらついた。
三日間の滞在で二男と会い、長男と会った。
だからわたしたちにとって東京は最もスペシャルな街ということになる。
おそらくまた来月も足を運ぶことになるだろう。