夜半から雨が降り出した。
朝になって更に雨脚が強まった。
だから午前中はホテル内に留まることにした。
家内とともにプールで泳ぎ、それぞれサウナでゆっくり過ごした。
宿泊客の多くが外国人で、プールでもサウナでも隣の客は外国人だった。
東京もまた以前の姿を取り戻しつつあるのだった。
昼になって空腹を覚えた。
外に出ると屋内で感じていた以上に雨が強く風も冷たかった。
歩いてすぐの場所にいい感じの中華料理屋があったので、まるで避難するみたいにそこに飛び込んだ。
入るとそこには静寂があって、食事しているのはみな富裕層といった風に見えた。
そこに紛れ込んだわたしたちは場違いな客であったと思う。
入り口近くの席に案内されて、あれこれメニューを眺めた末にいちばん安いランチのコースを頼んだ。
隣のテーブルからは、年配の紳士淑女らがする外国の話などが聞こえてきた。
かなり偉い方々なのだろうと想像しつつ、わたしたちは聞くともなし何の接点もない話に耳を傾けた。
よき社会勉強を終え、食後、ホテル下のファミリーマートで雨合羽を買い求め、わたしたちはそのままタクシーに乗り込んだ。
行き先は秩父宮ラグビー場で、まもなく早慶戦が始まろうとしていた。
雨を押し大勢の人が詰めかけていたから驚いた。
群衆のなかに混ざって雨に打たれ、揉み合うようにしてやっとのこと座席へとたどり着いた。
記念すべき早慶戦百周年目の試合だった。
意気込みは慶應がまさっていた。
前半から燃えに燃えて早稲田を押し込み、もしやと思わせる展開になったから目が離せず、すぐに帰るつもりが結局は最後まで両チームに声援を送りつづけることになった。
防寒はしていたものの、手先から熱が奪われ、靴に雨が染み込み足先からも熱が奪われ、寒さが募ってかなり堪えた。
試合が終わると同時、わたしたちは一目散に外へと急いだ。
帰途につこうとする群衆のなかを縫うようにして我先にと青山通りに出て、わたしも家内も必死になって手を挙げてタクシーをつかまえた。
アプリで呼ぶよりその方がはるかに手っ取り早かった。
ホテルに戻って真っ先にサウナに入ってカラダをしっかり温めた。
ポカポカするとお腹が減って、今度はタクシーで赤坂に向かった。
家内の選んだ店が大正解だった。
今までで一番おいしい韓国料理だと言ってよかった。
わたしたちの後ろに物騒な感じの客がいて、どこからどうみても普通の人相ではなく、それでこっそり店員さんに尋ねてみた。
店員さんは親切にもiPhoneで検索しその人物が韓国の大物音楽プロデューサーなのだと教えてくれた。
雨が降り続いていたので帰りもタクシーを使った。
部屋のステレオで「ブレイブ・ブラザーズ」の曲を流しながら風呂をあがると、ちょうど午後十時。
日本が奇跡的な勝利を収めることになるサッカーワールドカップのドイツ戦がまもなく始まろうとしていた。