大学3年の夏のこと。
就職活動が本格化し、息子の人間関係に大きな変化が訪れた。
横の関係は中高大と継続して充実し広がりを増していたが、それが縦へと一気に伸びた。
もちろん部活などを通じ先輩らとの交流はあった。
しかし、それはあくまで狭い世界での関係であり、縦は縦でも横の範疇に属する縦と言えた。
大学の就職課を訪れると、各業界にわたって連絡をとっていい先輩を紹介してもらえた。
息子は片っ端から連絡を入れ、まずはご挨拶とオンラインであれ対面であれどんどん面談を重ねていった。
なかには木で鼻を括った対応をされることもあったが、そんな場合は意に介さずスルーした。
しかし嫌な思いをするケースはほんとうに数えるほどで例外的な話でしかなかった。
たいていの先輩は、とても親身に継続的に相談にのってくれた。
そして人が人を呼び、いつしかそれら縦の関係は彼を取り巻く巨大な援軍といった様相を呈するまでになった。
だから就職先を最終的にひとつに絞った後でも交流が続いた。
その多様なネットワークは新米社会人にとってかなり有用な資産ともなぞらえられるだろう。
慶應の先輩によくしてもらっているのは当然のこと、いま、早稲田の先輩にもいろいろ面倒をみてもらい、かばん持ちさながら食事のお供などして社会人のイロハについて教わっているようだ。
息子から伝え聞くそんな話が面白い。
師匠格とも言える存在は複数あった方がいい。
物事は一見単純に見えて複雑で、しかし慣れが思考をお留守にし、過度の単純化のなかいつしか過ちの道を突き進むということになりかねない。
その陥穽を免れるには複数の眼が必要で、だから人生の先輩は大勢いた方がいいという話になる。
長男が先陣を切って人間関係を縦へと伸ばし、このあと二男が続く。
そして遠くない将来、それら二つの縦が交差し互いに作用し合うということになるのだろう。
同じ糸でもタテとヨコ。
中高大とヨコ方向に紡がれて、大学から社会人へと至る過程でタテ方向へと一気に糸が織り込まれていく。
子育てを通じ、そんな壮観を目にすることになるとは思いもしなかった。