朝の8時過ぎにはほぼ雨があがったから武庫川に向かった。
かすか残る雨滴が木々の緑や土や川の匂いを濃密にし、空気ができたてほやほやといったようにとてもみずみずしく新鮮に感じられた。
快調に走って家に戻ると家内がベランダで豚肉を焼いていた。
昼食はサムギョプサルだった。
そこにサイドディッシュとしてサラダが用意された。
キャベツに塩昆布と胡麻油を和え、上からポテトチップスをひとふり、ふたふり加え、これが無限に食べ続けられるのではと思うくらいに美味しかった。
午後になって晴れ渡り、家内は友だちと買い物に出かけ、わたしはジムへと向かった。
症状が治まってきたので、この日から花粉症のクスリの服用を取りやめて、マスクも装着しないことにした。
街へと自転車で漕ぎ出し、5月の陽気を楽しんで自由気ままに呼吸した。
この清々しさと身軽さがなんとも心地いい。
ジムではたっぷり身体を動かした。
このところかなりの分量を食べるが、運動を欠かさないので体重は適正に保たれている。
こうした勤勉さを十代の頃から積み重ねていれば、もっともマシな人間になれたのではとも思うが、怠惰かつ呑気であった数十年があってこそ今があり、今に満足しているのだから、これでよかったということだろう。
そもそももっとマシな人間であったとして、それが自分にとって本当にいいことなのかどうかしれたものではない。
だから結局、結論は「これでいいのだ」ということになる。
ハードワークを終え、はてさてと近くの大松でビールを飲んで肉を焼いて食べた。
「ぶらりとどこかでビールを飲んで好きなものを食べる」。
いつでもそうできるようになることが若い頃の夢であり、それがかなったのだと感慨にふけりながらちびちびにやにやひとりで過ごした。
夜、家で家内と合流しワインを開けた。
空港での水際措置が取りやめとなり、これで不便なく海外へと行って帰ってくることができるようになった。
だから夫婦で考えることは海外旅行で、あれこれ好き放題、候補地を挙げその旅程に思いを巡らせた。
そうそう、若い頃、胸に抱いた夢がもう一つあった。
それが「ぶらりとどこか海外へ出かけ未知の街を気ままに旅する」というものであった。
それもまた叶うのだろう。
やはりわたしにはこの程度がちょうどよく、もっとマシな人間になっていたとすれば夢などすべてお預けになっていたかもしれない。