晴れ渡ってまさに天高くといった秋の好日、わたしたちは奈良に向かった。
大和路快速の車両一両目の座席に隣り合って座ってブルーノ・マーズを夫婦で聴きながら所要50分ほど。
奈良駅に到着した。
まずは腹ごしらえ。
朝昼兼用の食事としてtoi印食店で四種盛りのカレーを食べ、たっぷりスパイスをカラダに取り込んでから、日航ホテル下で自転車を借りた。
陽射しはあるが風が冷たくほんの少し肌寒い。
自転車で駆け回るのにちょうどの冷涼さだった。
正倉院展が開催され、奈良フードフェスティバル「シェフェスタ」とのイベントが執り行われていて、奈良公園周辺は鹿だけでなく大勢の人で賑わっていた。
春日大社に自転車を停め、わたしたちは人出の少ない二月堂や若草山あたりを散策して過ごした。
どこまでも青く果てしのない空のもと、あたり一帯に黄味がかったり赤味の差す緑が広がり、胸がすいた。
そんな景観のなかに身をひたし、たっぷり心が洗われたところで帰途に就いた。
春日大社から志賀直哉旧宅へと続く道は閑散として、まるで林道さながらであった。
聖域の霊気を感じつつ自転車でくだって市街へと出て、一歩入ったところの路地を駅へと向かった。
正面に生駒山を見据えつつ、ほぼ直線で滑降するような道であったからスリルがあって、自転車で楽しむ天然のアトラクションのようなものと言えた。
そして、場所変わって、夜は西宮北口。
夕飯はわたしの希望でホルモン焼きを選んだ。
ビールで乾杯し肉を焼いた。
家内は味見程度に食べ、わたしは残りを平らげていった。
大きな四角いテーブルの角を挟んで、付き合い始めと思しき若いカップルがいて、その会話がこちらに聞こえる。
男子は財閥系の電機会社の正社員でいま27歳。
料理は自分でするし普段お金を使わない。
女子が男子に聞いた。
貯金はどれくらいあるのか。
浪人して一年のロスがあるが、現時点で一千万ある。
そう男子が言うと、隣に座る女子の表情に抑えようがないといった感じで笑みが浮かんだ。
家内は明日の計画策定に夢中でそんな会話にはまったく関心を示さない。
真面目な堅物といった感じの男子はこの後どうなるのだろう。
駆け引きに長け、試合巧者とも見える女子に遠くない将来、財布の紐を握られるのではないだろうか。
少なくともお金に関して主導権を取られることは間違いのないことだろう。
肉を焼き、隣の会話が耳に焼きつき、レバーを焼いたのに肝が冷えた。
今度東京で会ったとき、うちの若き男子二人に重々忠告しておかねばならない。
貯金の額を聞かれたら、何も心配いらないとだけ答え、それでもしつこく聞かれたら、相手の目的は他にある。
だから一目散に逃げるべし。
財布の紐を握られた瞬間、人生の奴隷化がはじまる。
一生懸命に生きてきて、そんな馬鹿げた顛末はないだろう。