ジムから戻って食卓に座る。
一日のうちでいちばん心が落ち着くときである。
家内と差し向かいになって日本酒を酌み交わし、今後の旅先の映像などを眺めて夕飯をつまんだ。
ひとつの場所を訪れると、次々と行きたい場所が増えていく。
楽しみが増える訳であるからそれ自体、豊かなことだと言えるだろう。
ほぼ旅程の定まった目先の遠出について細部を詰め、同時に、ゆくゆくは訪れるのだろう未知の場所についても語り合う。
楽しいからキリがない。
iPadから映写される映像により、所狭しと旅先の未来図が食卓の上に重ねられ、それらを時系列で整理して、ふと気づいた。
一年なんてあっという間。
一年の要所にメインの旅が配置され、その合間合間にサブの旅行が割り当てられる。
やがてすべての時間が旅の色調に染め上げられて、単なる日常でさえ旅の趣きを帯び始める。
つまり、時間の流れに旅という目印を施すだけで時がたちまち屹立し、一年という「あっと言う間」が手触りも確かに一望できるのだった。
そして、それらがグルグルと円環するだけなのである。
だから、十年だって大差ない。
そう腑に落ちた。
なるほど。
月日は百代の過客にして行き交ふ年もまた旅人なり。
まさしくそのとおりで、わたしたちは実のところ常日頃から旅を住処にしているのだった。
ぐるぐると時間のなかを巡って歩く。
その相棒が女房なのだと旅目線を通じて明瞭に理解でき、この日、日本酒が美味しかったからだろう、いつにも増して自分の伴侶に親近感が湧いた。