KORANIKATARU

子らに語る時々日記

もう一つの雄を旅する後半戦

一等車を予約するとラウンジが利用できる。
夫婦でゆったりソファに腰掛け、ビールを飲みながら列車の時間を待った。


午後3時前、わたしたちはホーム入り口の長い列に並び、まもなく一号車に乗り込んだ。
座り心地は新幹線のグリーンを上回っていると思えた。


他の乗客はほとんどがビジネスマンだった。
座るなり仕事に取り掛かる様子を左右前後に見て、今日は単なる平日、スペインはGWでも何でもないのだとその日常に理解を寄せた。


発車してすぐメニューが配られわたしはフィッシュセット、家内はパスタセット、そしてそれぞれ白ワインを頼んだ。
しかし周囲は仕事を続行し食事になど目もくれなかった。


なるほど食べて納得。
世には一度で十分という食事があり、何度でもありつきたいと恋焦がれるような食事がある。


期待しつつも拍子抜けし、贔屓目に見ても食べて嬉しいと思うレベルになくリピートはないと思った。
今度この列車に乗ることがあれば駅弁代わりに何か持ち込むことを考えるだろう。


ワインはスペインのどこで飲んでもとびきり美味しく、車内も同様だった。
しかし勧められたお代わりをわたしたちは断った。


一等車なのにトイレが破損していた粗悪だった。
となれば当然、飲み物を控えるのがここでの時間を過ごす良識ということになる。


この国は、日本で過ごす感覚からすればあり得ないほどおおらかにトイレに無頓着で、そもそも街のインフラとして整備が行き届いておらず、近いとかなり苦しい旅になるだろう。


衛生観念という高次のレベルでみたとき、日本は奇跡のような国なのかもしれない。
見目形はともあれ、清潔度を美とするのであれば、ここスペインにおいてわたしたち日本人はかなり頭抜けた美男美女ということになるだろう。
 
全長600kmを時速300kmで突っ走り、随所で飛行機に乗ったときみたいに耳が詰まった。
地上を墜落するみたいな暴走列車。
そんな印象を抱いた。


居住感という言葉で語るならその快適さで新幹線とは比較にならない。
それがわたしたちの最終的な結論だった。


アトーチャからサンツまで二時間半。
ホテルは駅の真上で、さあいよいよこの旅の真打ちバルセロナの登場と相なった。


マドリードはヨーロッパの伝統的な趣きを呈する街であったがバルセロナはかつて旅したモロッコの街の空気を彷彿とさせた。


並び立つように語られ、しかしまったく異なる来歴を有する。

スペインのそんなもう一つの雄を旅する四泊五日が幕を開けたのだった。

2024年4月30日 AVE高速鉄道