1
土曜の朝、通りかかったみどりの窓口が空いていたので定期券を買うことにした。
息子のものだ。
新年度に向けどこも長蛇の列であったので、このチャンスは逃せない。
かばんに忍ばせていた通学証明書を添え申込書を窓口に差し出す。
高校生の通学定期ですねと確認され、わたしはそのとき何とも晴れがましいような気持ちとなった。
わたしは高校生の父なのであった。
2
一昨日、ジョギングから戻ったとき、玄関に脱ぎ捨てられた二男の靴が目に入った。
合宿から二男が帰ってきたのだ。
リビングへと駆け上がりその顔を見る。
相当に鍛えられたのであろう顔は日焼けしシャープになって肉厚増して体が一回り大きくなっている。
よおと彼の肩をたたく。
労いを込めた父からの愛情表現だ。
そして息子が戻れば母は本気を出す。
すでに風呂の支度は整い、食卓には粋を結集した料理が並べられている。
旅先から家内が携えてきた食材はどれもこれも新鮮そのもの艷やかな光を放っている。
空っぽだった家が、日常の秩序を取り戻し始めた。
3
いま日本は土曜の午後1時であるからカナダは深夜0時。
長男はまだ起きているだろう。
眠れるはずがない。
三ヶ月に及んだ滞在もこの日が最後となる。
まもなく夜が明け、いよいよ皆と本当に別れるときが訪れる。
彼にとり第二の故郷となったはずのゲルフの街を昼には後にする。
空港まで見送りに来てくれる友人や家族らもあるだろう。
ピアソン空港を飛び立って13000kmを13時間かけて大阪へと戻ってくる。
半日を機中で過ごし時差13時間を一跨ぎする。
日曜の午後遅く、日本に上陸することになる。
長男と初めて出会ったのは大阪のバルナバ病院でのこと。
ちょうど夜明けの時刻。
朝の到来を告げるように小鳥がさえずり、空が白み始めたときのことだった。
産声を聞き、そして対面した。
その姿を目にしたとき、この存在はどこか遠くからはるばるわたしたちを訪ねてやってきたのだと、そう思えた。
いま、そのときのことを思い出すような気持ちである。
明日の帰還に備え、家では家内が本気を出すことであろう。
風呂を焚き飯を炊き肉を焼き麺を茹でし、家族全員の久方ぶりの勢揃いを熱烈にお祝いすることになる。