年甲斐もなくここ数日、漫画を読むのが楽しみになっている。
夜寝る前、眠くなるまでベッドでページ繰るのが従来からの習慣だが、このところは眠くなってもページを閉じるのが忍び難い。
手にしているのは「リングにかけろ」。
つい先日、子の課題図書として買ったばかりの漫画である。
子ども時分に夢中になった。
40年近くも昔のことであるが、いま読んでも至る所で懐かしい。
音や匂いが引き金となって記憶の封が解かれることは珍しくないが、漫画でも同じことが起こるのだと知った。
少年時代にたどったストーリーを中年になってなぞりつつ、当時の思い出がビビッドによみがえる度、ページ繰る手を止めることになる。
子どもの頃、行きつけのお好み焼き屋があった。
週末になると祖母に連れられ、そばロールやらモダン焼きを食べたのであったが、焼けるのを待つ間、そこに置かれた少年ジャンプが離せなかった。
ベッドで手にする「リンかけ」のページからソースの匂いが立ち上り、下町の一角で祖母とともにお好み焼きを食べていた時間にわたしは引き戻されていく。
その場面に少しでも長く留まれるよう、わたしはそのページを凝視する。
あるページでは、友だちの家の様子がありありと浮かんだ。
みなで集まって外で遊ぶのではなく「リンかけ」のコミックを読んで過ごすようなこともあったのだった。
その家の間取りや隣に寝転ぶ友だちの横顔まで眼前に見えるかのようである。
子どもの頃、わたしにとってもっとも幸福であったシーンも「リンかけ」のページと結びついている。
寒風吹きすさぶ真冬の夜。
石油ストーブの真横に座って肩から毛布をかぶって漫画を読みふける。
冷たい風がびゅーと路地を吹き抜け、通りに面する薄手の硝子戸ががたがたと音を立てる。
そんななか、わたしはまるごと「リンかけ」の世界に没入している。
いまで言うところの「ゾーン」の状態。
間違いないなくこの瞬間がわたしにとって子ども時代の至福の時と言えるだろう。
そのときからざっと40年が経過し中年となったいま、ひょんなことから漫画が通路となって少年時代の安楽に回帰することになった。
「リンかけ」という漫画自体が面白いだけでなく、付随して数々の幸福な記憶をも引き出してくれる。
ストーリーと思い出を行きつ戻りつ戯れて、あとは寝るだけ。
これまた至福の時として、いつの日にか回想されることになるのだろう。