タイトルに目が留まり手に取った。
「君たちが知っておくべきこと 未来のエリートとの対話」
新潮社から出ている佐藤優さんの新刊本だ。
灘高生を相手にした著者の講義録といった内容だ。
世界基準の常識を教えよう、と帯にある。
年頃の子を持つ親として関心そそられる。
両者の間で繰り広げられた対話に耳をそばだてれば、益ある情報が得られるに違いない。
レジで会計を済ませ、移動の車中でページを繰る。
佐藤優さんと言えば稀代の語り部。
のっけから佐藤節が全開となって、ぐいぐいとその熱い語りに引きこまれていく。
灘高生らがぶつける質問に対し、その趣旨を適確捉え多面的に見解が述べられていく。
話し始めれば止まらない。
凄みさえ覚えるほどの量の情報があふれだし、まるで怪獣が火を噴くみたいであるのだが、その情報は上っ面の知識のような類のものではなくまさに怪獣の血肉であって、だから心まで捉えて離さない。
世界の諸相が縦横無尽に語られ、そこに人物列伝としての要素まであるのだから、こんな面白い話はそうそうないはずで、対峙した灘高生らはこの対話を通じ、巨大な価値の文脈に接続するような知的興奮を体験できたのではないだろうか。
わたし自身もそれら言葉に触れながら、歴史の一場面を生き世界の一隅を占める存在としての、何というのだろう、一個の人間としての当事者感のようなものを覚えることができた。
いい歳の中年男ではあるが知っておくべきことは知っておくに越したことはなく、知っておくのに遅すぎるということもない。
だからもちろん、いい歳になるはるか以前の地点にいる我が子にはなおさらのこと、是非とも読ませなければならない、そう思った。
ところで本書のなかトンネルの話があって印象に残った。
余談のように触れられた箇所であったが記しておきたい。
マインド・コントロールの土壌はスポーツクラブや進学塾のなかに見い出されるのだという。
そこで子どもたちはトンネルに閉じ込められるみたいな状況に置かれる。
外の世界から遮断され、トンネルの先に光がともされ、そこだけを見るように仕向けられる。
それは志望校に合格することであり、相手に勝つことである。
その達成だけが全てとなる。
そのように単純化された価値が子どもたちを拘束し、そして子どもたちは否応なくその価値を信奉していくことになる。
大人になっても、このような鋳型にはめられた子らはいともたやすい。
トンネルに入れて出口に光をともす。
これでマインドコントロールの一丁上がりとなる。
受験産業の負の側面をこれほど見事に説明できるたとえ話は滅多にない。
この構図で見渡せば親まで一緒にトンネルに入って、入ったきり親子もろとも出てこないといった光景も見えてくる。
実に不気味だ。
力を飛躍的に伸ばすうえで一時的にトンネルも有用だというのは確かなことである。
しかし、親はどこかでそのトンネルをぶち壊し、子らの視界を広げてあげねばならない。
酸いも甘いも噛み分けた佐藤優さんのような人物がする著述に触れることなどは、トンネル壊しの大いなる助けとなるだろう。