時刻は朝の9時。
鰻の川繁は開店したばかり。
まだそれほどの列ではなかった。
自然と足が向いてわたしは最後尾に並んだ。
前日、パル・ヤマトでうなぎ一尾を買ったのはこうして並ぶのを回避するためだった。
しかし、子に食べさせたいと思えば大嫌いな列に並ぶことさえ親は厭わない。
前に並ぶ客らが朝一から詰めかけている理由がまもなく分かった。
皆が鰻のヘビーユーザー。
五尾や六尾といった風に全員が大量買いするので、焼けども追いつかず、わたしの番はなかなかまわってこなかった。
当初わたしは一尾だけ買うつもりであったが、30分以上待ってそれでは物足りないという気になってきた。
長男と二男に対し平等に一尾ずつ。
スーパーで買ったものはわたしと家内で分ければいい。
それがベストな考えに思え二尾を貰い受けたとき、家内も商店街に姿を現した。
これまでに肉は十二分に仕入れてあった。
今日は魚。
鮮魚を買い集めるとなれば中央市場にほど近いこの商店街をおいて他にない。
川繁の前に満海がある。
そこを覗くと淡路産だという巨大なトラフグが陳列されていた。
普段目にすることのない値がついていたが、縁起物を逃してはならぬと思い買い求めた。
加えて刺身各種を買うと手が塞がった。
家内が果物や野菜を物色する間、いったんクルマまで荷を運び、また戻っては荷を運ぶことになった。
商店街のすぐ近くにクルマを停めてあったものの雨のなかの運搬は結構な重労働であった。
最後の荷はイチゴの化粧箱と料理屋に頼んであったおせち料理。
これにて年越しに備える買い物が無事完了となった。
家内は家に戻り、わたしはジムで筋トレして走って、風呂に入ってサウナで過ごした。
場面変わって夕刻。
大阪星光33期冬会の会場は北新地の焼肉一笑。
昔なじみの面々が集まって乾杯と相成ったが、年末の飲み会にはトラブルがつきまとう。
夜8時までの予約のはずが、手違いあって7時には散会してほしいと店が言う。
話が違うとバイトの青年を責めても始まらない。
状況を受け入れ次の手を考える必要があった。
7時合流予定のタコちゃんとハザマくんの予定をやりくりする必要があったし、二次会の会場を押さえる必要に迫られた。
タコちゃんがBar SPORTS運慶の個室を確保してくれ乱れかけた秩序とわたしの平常心が回復することになった。
焼肉の口になっているというハザマ君のため特選希少部位盛合せをテイクアウトし、皆で二次会の会場へと向かった。
しかしこのとき、一体なぜわたしはタコちゃんの分も焼いてもらわなかったのだろうか。
気が利かない。
かねて家内に指摘されてきた欠点を会が終わってずいぶん経ってからわたしは痛感することになった。
それだけでなく、皆でわいわい談笑しつつ移動している間、二次会から合流する予定であった中川くんから連絡が入っていたのにわたしは全く気がつかなかった。
二次会がはじまって一時間ほどして、あれ中川遅いなと思って携帯をみて、時すでに遅しとわたしは知ることになったのだった。
そのように反省材料を残した飲み会であったが、ひととき過ごして持つべきものは友との感は強まって、懐かしの故国とも言える彼ら面々への愛しさは更に強固なものとなった。
幸いわたしたちは故国を追われる身ではなく、ふと会いたい、顔をみたいと思う顔ぶれとこうして気軽に集まることができる。
これは結構幸恵まれた話なのではないだろうか。
ところで、二次会の会計はひとり3,000円ポッキリ。
いくらなんでも安すぎる。
一括して支払うタコちゃんが相当な額を被っているに違いなく、しかもこういったことはいまに始まった話ではない。
タコちゃんが皆の分まで負担している。
この疑惑についてはいつか真相を突き止め、心から感謝しなければならないだろう。
三次会へと旅立つ皆と別れ、午後11時前、わたしは家路に就いた。
わたしが家に戻ってまもなく。
西大和の友だちらとミナミで会っていた長男が帰ってきた。
例のごとく友だちを引き連れての帰還であった。
この夜の宿泊者は阪医と東大の友だちで昔からの常連。
で、思うのだった。
さっきまでわたしが会っていた大阪星光33期もツワモノ揃い。
加えてその子らも、国公立の医学部に現役で続々と合格し灘や甲陽や星光や西大和や東大寺や洛星に通うものらが大勢いて、ツワモノ揃い。
そして長男の友人らも凄まじく、先々、二男の友人らも凄くなる。
こんなことは普通ではあり得ない。
続々と群れなすように凄いといったことは、地縁や血縁の関係においては起こり得ない。
教育熱の高い近所であってもたまに耳にするくらいの話であり、親戚にあってはそんな人間は一人もいない。
中学受験をしたからこそ、と言えるのだろう。
中学受験によって接する世界の景色が一変する。
そういっても過言でないのかもしれない。
学歴絶対と信奉するほどナイーブではないつもりであるが、通う学校がどこかによって付き合うメンツが様変わりし、それが階層を形成する動きと無縁でないと知れば、学歴を過小評価するなどできやしない。
家に出入りする男子のなか、早稲田のわたしがもっとも低学歴。
そう気づいて思わず寝床で笑みがこぼれた。