仕事のことが気になって目が覚めた。
もはや居ても立ってもいられない。
それで事務所に向かうことにした。
どうせなら正月休みの買い出しもしよう。
そう思い立ちクルマを使った。
朝6時半、土砂降りの雨のなかクルマを走らせた。
辺りは真っ暗。
視界が悪く信号下の停車線も見えない。
足下覚束ないといった運転にならざるを得ず、不安と恐怖に駆られる朝となった。
気に掛かった仕事は数分で片付いたが、やろうと思えば仕事がいくらでもあった。
結局、商店街の店が開き始める10 時まで仕事して過ごした。
前夜、カニを食べながら家内が言った。
正月はカニがいい。
冷蔵庫に太脚のカニのストックはあったがそれだけではとてもカニ三昧という訳にはいかない。
わたしはまず真っ先に八百鮮に向かった。
商店街一の人気店。
安く品もいいと聞くがいつも混み合い、普段は近づくことすらしない。
しかし、商店街でカニを求めるならここしかなく、混雑何するものぞと腹を括ったのも束の間、店の前まで人で溢れ店内は人で埋め尽くされ、レジを待つ列はコの字型になって店の壁を這い店外へとはみ出していたので、恐れをなしごくあっさりとわたしは尻尾を巻いた。
作戦変更。
わたしは野田阪神ウイステにあるテイクアウト専門の大起水産に足を向けた。
彼我の差は著しくそこは無人。
いともたやすくカニを買い求めることができた。
カニの箱を手に提げ、それを誇るみたいに八百鮮の店先を通り過ぎ、そのとき手に持つのと同じデザインの箱が目に入った。
そこには9,800円との値札。
大起水産のものが17,000円だったから見過ごせない。
覗き込むとどうやら中身も大差ない。
一気に気分が急降下するも大起水産というブランドにお金を払ったのだと自らを慰め、八百鮮のものは味で劣るに違いないと決めつけた。
まさに酸っぱいブドウとやらの心理であった。
値段についてわたしは家内に黙っておくことにした。
クルマと商店街を二往復し、その他食材も買い込んだ。
これで新年を美味しいものに囲まれ迎えることができる。
帰途についた時には満足感がブドウの酸味を押し除けていた。
雨はとっくにあがって空は晴れ渡り、ただの日差しが祝福の光に感じられた。
明け方の雨で空間全部が洗われたようなもの。
空気が澄んで視線の先に見える六甲山の立体感が増し木々の陰影まで鮮やかに見て取れた。
だから帰りの運転は爽快そのものだった。
懐メロを流しつつ、窓を開け放つ。
入り込んでくる外気がゾクゾクするほど冷たくそれがまた心地いい。
この夜、息子の夜食はかに鍋になる。
息子の隣に家内が座り、旅館の仲居さんみたいにカニの身をかき出す。
それを息子が美味しそうに食べ会話が弾む。
そんな様子が頭に浮かぶ。
ああいい買い物ができた。
わたしがクルマで運んでいるのはそんな家族団欒そのものなのだった。