金曜夕刻、実家に寄った。
大晦日も正月も集まらない。
そう決まった。
年の瀬を迎えコロナの脅威は増すばかり。
当然の判断だろう。
長年の習慣がこれで途絶え、親戚が定期に集まるという機会はもはやない。
粗野な飲み会の場と化す親戚の集まりは、わたしが幼い頃から忌み嫌うものだった。
いつの日か解散の宣告を下す。
それが悲願であったが、父の心情を思い譲歩し続けた。
期せずしてこの年替わりがうちの家にとって大きな節目となる。
これでようやく家族という語の指示する範囲が収束する。
ほっとしたような思いで実家を後にし、軽く夕飯を済ませ家内のため寿司を持ち帰った。
家に帰ると家内は長男と電話の最中だった。
今年は大事をとって帰省を見送ること、ゼミが決まったこと、キャンパスが三田に変わるので引っ越す予定であること。
そんな話を終え、家内は早速料理にかかった。
みかんを息子に送るついで、タンドリーチキンとステーキを焼いて荷物に添えるのだという。
年が明け、長男が動き二男が動きわたしも動く。
示し合わせた訳でもないのにそうなるのだから、そこに何か符牒を感じる。
おそらくは激動激変の丑年。
家族にとっても大変化の年となる。
引き続き家族皆で力を合わせれば乗り越えることができる。
家内はますます忙しくなるだろう。