ひとり近鉄百貨店12階の銀座アスターで夕飯を済ませてから、ホテル前にスタンバイした。
ほどなくして2階のパーキングエリアにクルマが入ってくるのが見えた。
駆け寄って駐車の誘導を行い、荷物をどっさり受け取った。
ドアマンに荷物を託し、クルマを降りた家内とともにフロントに向かった。
チェックインに際し、食事の時間を再確認した。
やはり朝食のブッフェは朝7時から。
7時を過ぎて悠長に朝食を摂る時間はない。
が、今更キャンセルもできないという。
朝食ボックスを部屋に届けてくれる。
そう決まったが、中身はパンとバナナだというから、いくさ前の腹ごしらえとして不適にもほどがある。
こちらで買って用意するので、朝、レンジで温めてもらえますか。
家内がそう尋ねた。
「衛生上の観点から応じかねます」
フロント女子の答えは、グサリ冷たいものだった。
冷え冷えとした朝食のイメージが倍加して、心まで冷えた。
これまで泊まったどこのホテルでもお願いすれば食事を温めてくれましたよ。
家内が食い下がろうとしたのでわたしは制した。
ここのレンジが衛生的でない。
そういうことだろうから、頼むのは止そう。
これで話は終わった。
部屋にあがって加湿器を作動さえ、コンセントの位置を確認した。
幸いなこと。
ポットでお湯が沸かせる。
容器に熱い湯を貯め即席の湯たんぽを作れば、それで食事を温めることができる。
さすが家内。
その発案にわたしも賛同した。
まもなく息子が部屋にやってきた。
その表情を確認してから、わたしはひとり買い物に出た。
まずは筆記具のスペアを求め、ハイハイタウンの文房具屋を訪れた。
消しゴムはすぐに目についたが、鉛筆が見当たらない。
店主に聞けば、HBの鉛筆すべてが売り切れたという。
恐るべし、上本町。
入試前夜、塾銀座ならではのエピソードと言えるだろう。
やむなくコンビニを回って数本仕入れ、マツモトキヨシに向かいホットアイマスク、蒸気のうるおいマスク、入浴剤などを買い揃えた。
そして、食料。
近鉄百貨店の地下食で、息子と家内の夕飯を物色した。
はり重に向かえとの指示に従い足を運び、焼肉弁当、ビフカツサンド、トンカツカレーなどの注文を伝えた。
続いて翌日の朝食。
メッセージには次の行き先として銀座アスターとあった。
そこで焼飯、麻婆豆腐、上海焼きそばを買い、RF1でサラダを見繕った。
それらを部屋に届け、下人の務めは完了し、長居は無用。
数分ほど滞在し息子と言葉を交わして部屋を後にした。
時刻は午後8時過ぎ。
営業の時短要請は隅々にまで行き渡り、街は一気に暗く寂れたように見えた。
帰途、小腹を満たすため駅前のスーパーで幾つか惣菜を買った。
ひとり食卓で惣菜を口にして、その味に恐れ慄き開いた口が塞がらなかった。
まず過ぎてとてもではないが、食べ進めることができない。
買ったすべてが、咀嚼できるような代物ではなかった。
長い年月をかけ、わたしの味覚は様変わりしてしまったということだろう。
なぜなら独身時代、わたしはこの手のものを何の苦もなくというより嬉々として口に放り込んでいたからである。
下人にあてがうまかない料理でも相当なレベル。
普段の食の充実に心から感謝するような気持ちになった。