朝の陽を浴び次第その輪郭をくっきりとさせていく富士山を眺めつつ、家内が言った。
今日は自転車を借り、絶景スポットを探そう。
最上階にある風呂に入ってからスタンバイし、朝の9時、自転車を借りてホテルを出た。
道すがら、三島一の名店といわれる「桜家」の前を通りかかるとちょうど予約の台帳が店の前に置かれるところだった。
これも何かの思し召し。
そこで名を書き、幸いにもわたしたちは大行列となる店のうなぎを一巡目で食べる機会に恵まれた。
近くの駐輪場のおじさんに家内が話しかけ、佐野小学校あたりから見る富士山がいちばんいいとの情報を得て、そこから北に向かって30分以上、自転車で疾駆した。
風が心地よく空気が清涼。
どこから見ても富士山は美しく、普段見慣れた六甲山とは別格というしかなかった。
飽くことなく絶景スポットを探し、しかし山頂に雲が出始めたので富士山の威容を目に焼き付けそこで切り上げた。
午前10時半、「桜家」に戻ると開店前なのにすでに長蛇の列ができていて、更にどんどん人が押し寄せてきたから人気の程が窺えた。
開店と同時、座敷に案内された。
こんな機会は滅多にない。
夫婦揃って迷うことなく最も値の張る重箱二匹を頼んだ。
いよいよ眼前に品が差し出され、期待に胸を膨らませて味わって夫婦で顔を見合わせた。
確かにふわふわして食感は独特。
が、果たしてこれを美味いと言うのだろうか。
夫婦して感じたことは同じだった。
数々の名店のうなぎが思い出され、走馬灯のごとく頭を駆け巡った。
野田阪神の川繁、寺田町の舟屋、津のはし家、伊勢の川広、高知のせいろ、熱田神宮の蓬莱軒、名古屋のしろむら等々。
一口食べてぐっとくるような美味さは、ここでは感じられなかった。
美味しいものばかり食べてきてわたしたちの感覚は鈍麻しているのかも知れなかった。
食べ終えて三嶋大社に立ち寄って手を合わせ、続いて柿田川公園まで足を延ばして散策した。
最後は楽寿園の木陰のベンチに座ってお茶を飲んで休憩した。
そのとき家内が声を上げた。
奈良にある「枸杞」の夕飯の席が取れたと通知があったのだった。
倍率150倍の激戦をくぐり抜けての当選であったから声が出るのも無理はなかった。
「枸杞」の夕飯を申し込む際、家内は先日立ち寄った代々木上原の「竹韻飄香」について感想を記した。
「竹韻飄香」のシェフはかつて「枸杞」の店主の同僚だったからそれが「抽選」に好作用を及ぼしたのかも知れなかった。
帰阪しても楽しみが尽きない。
美味しいものを巡る夫婦の旅はまだまだ続く。