勝利と自由を天秤にかければ自由が勝る。
この日の終業が午後8時で場所は天王寺。
空腹が限界に達しつつあり、家に帰れば9時を過ぎる。
平日ではあったが、一杯飲んで帰ることにした。
なにも白星ばかりが能ではない。
負ける自由があってよく、たまに黒星があるからこそ白が際立つ。
そう自らに囁いて、ちょいと一杯を正当化した。
いろいろな店を探って、結局、行き慣れた正宗屋のカウンターに陣取った。
両隣にも客がいて肩身は狭いが、得も言われぬ「自由」をほしいままにし定番どころを味わっていった。
勘定して3,780円。
気分良く店を出て帰途についたとき、流れる曲がああ懐かしい、U2のHold Me, Thrill Me, Kiss Me, Kill Meになった。
こんな強いサウンドに負けず劣らずの声を乗せられるのはボーノをおいて他にはない。
そう思って、その歌声がだんだん何か警鐘のように感じられてきた。
一人あたりにして前夜は39,000円で今夜は3,780円。
平素倹しい暮らしを余儀なくされる身であるから、並べてみれば、この10倍にとてつもない差を感じるが、なんということだろう、だんだんそんな前者の額に慣れてきて、並べてみるまでその突出に何ら違和感を覚えなかった。
富裕な人であればまったく問題ない。
ある域に至れば、どちらも小銭のようなものだろう。
390万円と言われぬ限り眉一つ動かない、そんな感覚が実際確かに実在するのだと世に出てわたしははじめて知った。
が、わたしはと言えば、吹けば飛ぶよな浮き草稼業に身をやつす、ごくちっぽけな存在に過ぎない。
ボーノがシャウトし、強いサウンドが鼓膜を連打した。
「あんまり調子に乗っちゃいけないよ」
そんな風に聴こえて以降、そう歌っているとしか思えなかった。