年に2回、成績が発表される。
今回が最後となった。
今年度の1回目の発表日は9月5日だった。
その段階で卒業に必要な単位数を取り終えていた。
しかし、なぜだろう。
卒業との正式な通知がないと一抹の不安が拭えない。
それで前日、慶應大学に電話し問い合わせた。
卒業で間違いありませんか?
事前の通知はしていない、明日の発表までお待ちください。
それが電話口での回答だった。
人はいらぬ心配をする動物なのだとつくづく思う。
特に親となるとその取り越し苦労が倍加する。
もちろん大学の合格発表のときみたいに心乱れて、数日前から気もそぞろとなる訳ではない。
なにしろ結果は分かっている。
単に確証がないだけのことである。
しかし確証がないと心もとない。
履修科目の各カテゴリーごとに規定の単位数が定められており、それらをすべてクリアしているかどうか、成績表をみて一目瞭然という訳でもない。
なんどもカウントするがその仕方で正しいのか。
当て込む結果と様々な想像との小さな隙間に「得体の知れない不安」が入り込み、ほんの少しばかり心がざわめく。
朝9時前、パソコンに対峙した。
ウェブサイトを開き、成績開示のページを見据える。
そして「学業成績」との文字の上にカーソルを合わせ、あとは発表の時刻を待つばかり。
8時59分からの1分間がやたらと長く感じられた。
9時ジャスト、「学業成績」をクリックすると、判定欄が最上段に現れた。
そこには「卒業・修了」との記載があった。
ああ、やれやれ。
卒業おめでとう。
家内にその画面を送り、息子にも送った。
結果は分かっていたけれど、確証が得られて安心感がこみあがってきた。
すぐ息子から返信があった。
「ありがとう」
これで予定どおり晴れて春から社会人となる。
ああ、めでたい。
息子からの返信に添えられていた写真にわたしは見入った。
いま息子は西大和の友人らと北海道を旅している。
思えば4年前のこの日は奇しくも東大の合格発表日だった。
そこで合否の分かれた者たちが一緒になっていま北海道のスキー場で気持ちよく滑り、残り少ない学生の時間を満喫している。
実に楽しそう。
当時の合否がなにか人生の明暗を分けた訳ではないのだと彼らの表情が物語っていた。
西大和で雨の日も風の日も彼らは一緒に過ごした。
だから、単に仲がいいというより、より強固、根っこでつながっているといって過言でない。
そして、上京し各々ひとりで暮らし、頻繁に会い互い励まし合ってきた。
札幌の写真が告げている。
これからもそう。
彼らはこの先も、ずっと仲がいい。
なにせ根っこで繋がっている。
切っても切れない関係が得られたのであるから、彼らにとって母校は文字通り母も同然の存在と言っていいのだろう。