前日と同様、プールで泳ぎサウナで整えてから始動した。
午前11時に人気店の予約が取れたので10時過ぎにはチェックアウトしホテルを後にした。
日比谷線で中目黒まで出て東横線に乗り換えて自由が丘で降りた。
この駅で降りたのは二回目のことだった。
一度目は四年前。
長男が大学に入って武蔵小杉に住み始め、その夏に上京し息子を連れ人気の焼肉屋を訪れた。
ホームシックとは無縁、長男の凄まじい食べっぷりが記憶に新しい。
昼を前にぐんぐん気温があがって、狭い街路をクルマがひっきりなしに行き来し、おまけに熱中症事案が発生したのか救急車がサイレンをけたたましく鳴らして走り、なんとも落ち着かない。
街の雰囲気が苦楽園に似ている。
そう感じたが静穏さで後者がより住宅地として住み良いと思えた。
無論わたしは双方ともに縁がない。
どちらがいいかなど大きなお世話という話だろう。
ベトナム料理「スタンドバインミー」に入る際、ちょっとした緑地エリアを通過する。
ここが日常の喧騒を隔てる境界のような役割を果たし店内の落ち着き感が際立った。
ワイン類がすべてナチュールで最初の出だしからびっくりするほどおいしくて、またしてもわたしたち夫婦は昼から飲み始めることになった。
料理ももちろん素晴らしかった。
バインミーはどこかのテイクアウトとは一線を画し、フォーはわたしが生涯に亘って食べたきた麺類すべてを凌駕して、だから結局別のフォーもお代わりし、ついでといった感じで注文したチキンライスも人生を通じたなかご飯もの最強の美味を醸し、もうまいった降参。
昨日の昼のメキシコ料理といいこの日のベトナム料理といい、こんな店がずらりと居並ぶ東京の凄みをわたしたちは味覚を通して痛感させられた。
食後、灼熱の街を少し歩いて東横線で中目黒に戻った。
目黒川沿いは日陰になっていて風が涼しく、猛威を振るう盛夏の間隙を縫って秋が少しずつ忍び寄っているのだとしかと感じ取ることができた。
歩いて十数分。
人気だという「スタバリザーブロースタリー」に到着するも37組待ちとのことだった。
少し様子をみるとさすが巨大店。
一分間隔で客が出て行くのだと見て取れた。
当てこんだとおり、およそ30分後には店内へと招き入れられた。
しかし何が嬉しくてこんなに並ぶのかわたしには分からない。
店に入るのに並び、注文の列に並び、品物を受け取るのにも並んで、挙句のはて、用を足すのにも並ぶほかなかった。
「並ぶ」ことが嬉しい。
そんな人にとっては「並び」通しになるからたまらないのかもしれない。
半時間ほど過ごし、わたしたちは席を立った。
帰り際には待ち人数が144組待ちとなっていた。
行列マニアにはますます堪えられないような場と化しつつあった。
帰りも目黒川沿いを歩いて思った。
やはり東京はどこもかしこも紙屑ひとつ落ちておらず清掃が行き届いている。
用途地域の違いはあるにせよ京都の高瀬川沿いのゴミの散乱具合とは天地の差で、なるほどちょっとした街の表情からその地の実情のようなものが窺い知れるのだった。
午後3時を目処に東京散策を切り上げて日比谷線でホテルへと戻って荷物を受け取り、そのままタクシーに乗って八重洲へと向かった。
「もみの匠」は帰阪前のわたしたちの行きつけのマッサージ屋となりつつある。
それぞれフットケアを45分受けたのだったが、日中に蓄積していた疲労がすっかり溶けて消え去った。
あとは汽車を待つばかり。
適当に見つけたグランスタのギガスという店で、食事は取らず、シャンパンを2杯ずつ飲んで家内の二万語に耳を傾け、そろそろという頃合いで店を出て、大丸で駅弁を買って車中の人となった。
車窓の向こうを眺めてぼんやり過ごすうち終点大阪に到着し、そのときになってお腹が減ったと家内が言うから駅構内にある神座でラーメンを食べた。
このようにして生きて在ることがただただ楽しい三日間の旅が終幕のときを迎えた。