隣国にも春が訪れていた。
そこかしこに春の匂いが漂って、だからわたしはタクシーの窓を開けそんな空気を楽しんだ。
窓から吹き込む夜風にあたってうっとりしていると、元気な声が耳に届いた。
信号待ちをする隣のクルマも窓を全開にしていた。
だから声が直接届くのであったが、異国の言葉であるから意味はさっぱり分からない。
ただただ元気な様子だけが伝わってきた。
もし家で過ごしていたら、この会話を耳にすることはなかっただろう。
それで気づかされた。
わたしがどこにいようが、遠い空の向こうで誰かが元気に喋っている。
それがとても不思議なことのように思え、そんな不思議にひたるうち、わたしは全世界の元気な声に耳を澄ませ、ついでに遠い昔の元気な声にも思いを馳せた。
これだから旅はいい。
わたしは無数の元気な声の存在に意識を向けて、やがてそれらが心のなかで共鳴し始めた。
意味はまったく分からない。
が、人の声に触発されて、異国の夜道にて強くわたしは励まされるような気持ちになったのだった。