外で飲んでいた客はみな引き払った。
前夜、ホテル前の酒屋のお兄さんがそう言っていた。
6月なのにそれくらい冷え込んだ。
思えばそれが予兆だった。
日曜の朝、所々、雲が浮かんでいたがおおむね晴れて、日中にかけて空はどんどん明るくなっていく。
そう思えた。
だから空だけ見ていれば天気は持つ、そう判断してもおかしくはなかった。
半袖ではやや肌寒かったが日曜日ののどかな朝、行き来する電車を八幡通りの高架から眺めつつ歩き、サンドイッチ屋にて朝食をとった。
結構おいしく、結局二人で三種のサンドイッチをいただいた。
行きと同様、ぶらり歩いて電車を眺め、部屋へと戻った。
カーラ・ブルーニの音楽を聴きながら帰り支度を整え、午前11時にチェックアウトし、家へと送る荷物をフロントに預けた。
長男に渡す荷物を担いでホテルを出て表参道へと向かった。
一緒に昼を食べ、あれこれ買い物する予定になっていた。
表参道のゴールドジムで筋トレしてから来る。
長男がそう言うから、待つ間、お茶でもしようと通りかかったカフェ・マディ に入った。
店の最前列に、笑わないことで有名なラグビー選手が奥さんと一緒に座っていてチラと目が合った。
画面越しに見るイメージと全く異なり、まったく大きいと感じなかった。
昼の予約は13時だった。
鮨 青海はカフェから目と鼻の先。
わたしが先に店に入り、家内は隣の店でグローブ・トロッターのスーツケースの説明を聞きながら長男が現れるのを待った。
他に二組の客がいるだけで、店はガラガラだった。
13時前に出ていった客も見かけなかった。
悪い予感がした。
日曜日、南青山という立地でこの閑古鳥であれば、推して知るべし。
先にわたしひとりでビールを飲んでいると、職人さんが無愛想に言った。
「店は2時までなんで」
何が言いたいのかわらず、わたしは「はっ?」と答え、考えてから言った。
「時間が押したら、コースの寿司をぜんぶいっぺんに出してもらってもいいですよ」
家内と長男に連絡を取ろうとするが、通信状態が悪く携帯が役に立たない。
それでわたしは地上へとあがり隣の店にいた家内に合図して差し招き、長男に電話をかけた。
まもなく颯爽と長男が現れた。
一段と体躯がたくましく、面構えも精悍。
なんて凛々しく立派な青年なのだろう。
わたしは一瞬見とれ、息子を地下の寿司屋へと促した。
コースが始まるが、相変わらず職人は口数少なく陰気で、「店は2時までなんで」という言葉が呪いとなって、急かされてる感がぬぐえず食べつつも気忙しさが付きまとった。
ちょっと文句の一つでもと思うがせっかくの食事の場を台無しにするのも憚られ、結局は無口になって自己を制御するほかなかった。
食べ始めてまもなく1時半となって、職人が言った。
「ラストオーダーですが」
はっ?と言いそうになるのを堪え、お茶の差し替えを頼み、長男はアラカルトのメニューからあれこれ追加の握りを注文した。
「数が多いので、いっぺんに出させてもらいます。2時から夜の仕込みがあるものですから」
職人はそう言って、コースの寿司と並走させるように長男の前に次々と寿司を握って置いていった。
腕を奮って眼の前の客にじっくりと自信作を味わってもらう。
それが「職人」のする仕事だと思うから、眼の前にいるのは単なる「職員」なのだと思うことにした。
なるほどガラガラな訳である。
味は凡庸、「本日夜空席あり」どのみち夜も空いているに違いない。
気を遣っているのか、おいしいおいしいと言って食べる客がバカに見えた。
いい寿司を食べたことがないのだろう。
客がバカに見える、ひとえに職人のなせる技である。
結局、わたしは息子と家内の記念写真を一枚も撮らず、2時少し前、バカ高いお代を払ってそそくさと店を後にした。
外に出ると小雨がぱらつきはじめていた。
そこからなんとなく暗い感じで原宿のナイキへと向かった。
息子のためのシューズを買い終えると外はバケツをひっくり返したようなゲリラ豪雨に見舞われていた。
前夜、はるか上空に寒気が流れ込み大気は不安定なものになっていたのだった。
ショッピングは諦め、とにかく移動することにした。
店の前で繰り広げられるタクシーの争奪戦を家内が制し、家内に続いてそこに乗り込んだ。
間違いなくパワーとスピードで家内は日本代表フォワードを凌駕する。
表参道駅のロッカーに預けてあったロエベなどのスペイン土産を長男に渡して、そこで解散。
家へと帰る息子のごつい背を見送り、わたしたちはそこから品川へと出た。
駅を降りるとまだ豪雨が降り続いていた。
品川プリンスホテルのリラクを予約していたのであったが、とても5分も歩けない。
それでまたしても家内が駅前にて争奪戦を制してくれた。
そのおかげ、わたしたちは雨に濡れることなく無事ワンメーター500円で移動を果たすことができた。
塩らーめん「ひるがおEX」で昼の口直しをしてから、それぞれオイルフットケアを60分受けた。
いままでベストと言っていいくらいの気持ちよさであった。
ここでようやく癒やされた。
マッサージを終えると幸い、雨は小降りになっていた。
駅構内で、パスタとサラダを食べビールやらワインを飲んで過ごしていると、長男からお礼のメールが届いた。
先週の大阪出張の様子や、西大和の友人らと先日東京で集まって遊んだ話などがつづられ、そんな充実感にあふれた文面に目を細め、わたしたちはほっと安堵し帰阪の途に就いた。