食べ終えた途端、隣席のおじさんがみっともなく姿勢を崩した。
畳の上に寝そべるみたいにして足を組み、楊枝で口元をほじくりはじめた。
くちゃくちゃくちゃ。
楊枝と唾液が絡んで奏でられる咀嚼音が耳に障って虫唾が走る。
連れの御婦人は身なりがいいのに意に介さず、涼しい顔をして食事を続けている。
当然、うちの家内は嫌悪感をあらわにしていた。
一言、物申すというすんでのところでわたしは制した。
人は人。
下手に関わってその邪気にまみれることはない。
知らぬ顔をして、わたしたちはわたしたちの正気を保とう。
わたしは家内の視線を初夏の光にあふれる窓外へと促した。
この季節、群生する木々が一気に日の光を吸収し奈良はひときわ美しく映える。
真横であるからわたしの話が聞こえたのだろう。
御婦人はきまり悪そうな表情を浮かべ、ちらちらとこちらの様子を窺い、おじさんはそれとなくといった感じでほんの少し姿勢を戻しはしたが、楊枝は引き続き音を伴いなめずり回されていた。
わたしたちは食後の余韻にひたることなく、早々に店を後にした。
数日前のこと。
食パンに異物が混ざっていたとの騒ぎがあった。
ふと新聞を手にとって、わたしはその衝撃的な記事を目にしてしまった。
目にしたくもないものを目にしてしまうと、これはつらい。
しばらく頭から離れず、食事の最中に目に浮かんで、そのたび箸を持つ手が止まってしまった。
邪気は所構わず押し寄せて、自然な流れを堰き止める。
こころよく生きるためには出くわさぬように心がけ、もし鉢合わせしてしまったらためらわずに逃げる、というのが実践的な対処法と言えるだろう。
先日話題に取り上げた小ウソつきみたいに、世にはイメージするのも憚られる有害生物といった類の邪気が跋扈している。
であっても、まさか駆除する訳にはいかないから、その異物がちょろちょろと動き回る世界から遠ざかる、というのが現実に即した対応ということになる。
わたしたちは、様々な邪気から身をかわし、結構うまく逃げ切れている方だという気がする。