KORANIKATARU

子らに語る時々日記

父が伝授する作文心得八ヶ条

学校の先生が君たちのクラスに配布した作文心得八ヶ条はたいへん的を射たものであり、おっさんの私でも感心する点が多々あった。
その8つについては部外者が取り上げる話ではないので、父としては別途独自の八ヶ条を模索してみたいと思う。

そこで今回は本来は行間にあるはずの心得を浮き彫りにしながら、日記を書いてみようと思う。

では始めよう。

週末金曜、午後早々にはヘトヘトになった。
デスクに臥せってそのままじっとしていたい、それくらいの疲労感である。
一体何をしてそんなに疲れたのか。
助成金関連の賃金計算の補正作業に手間取ったのだ。
役所の指示はあまりにも細かいものだった。

週の始めに台風が過ぎ去ってからは連日好天、陽気のもとでは微か汗ばみ、しかし日陰に入れば肌寒い、寒暖の混在具合が二度美味しい秋の見本のような日が続いている。
ヘトヘトとは好対照である。

時事的には、小学生の暴力行為件数が増加し続け7年前の3倍にのぼり、増加するだけでなく若年化し凶悪化している、もちろん大阪が4年連続件数ナンバー・ワンであり、海の向こうではイスラム国がバグダッドで無差別テロを起こし40人が亡くなり、エボラ出血熱感染者の動向が刻々と伝えられ世情の不安がひそか煽られていく、という景色がこの日を取り巻いている。
そしてこの夜、タイガースがジャイアンツ相手に王手をかけた。

疲労を除去するため、みずきの湯に向かった。
疲れたときには八汗房に限る。
ここで各種の岩盤に横たわれば、たちまちカラダが癒やされる。

みずきの湯へは、どのように向かったのか。
阪神電車の鈍行に揺られて20分。
阪神電車はいつだって阪神電車。
少し挙動の奇異なおじさんが各車両に不可欠の護神のように鎮座している。
これは必ず鎮座している。
野田阪神で乗車しセンタープール前で降車した。

平日午後なのにみずきの湯は混雑していた。
なんと10月中はキャンペーンで八汗房の利用料がたったの500円なのだ。

あった方がいいディティールと、削除した方がいいディティールがある。
500円など、「ヘトヘト」の話を彩る上では不要だろう。

私の悪い癖なのだが、数学の場合分けの答案みたいに、あれもこれもと書きすぎて冗長の罠にはまってしまう。
作文については、網羅すればするほど平板となり、端折れば端折るほど立体的な陰影が表出する。

横たわる。
すーと潮が引いていくみたいに空っぽになる。
汗がまずは額ににじみ頬を伝い、頬だけでなく体中いたるところを伝って、不要なものが全部体外へと排出されていく。
蘇りの時間に身をひたす。

そこで目にしたこと、耳にしたこと、流れていた音楽、アロマの香り、五感通じて味わった岩盤浴の光景など、それらも盛り込むべき話であろうが、話し出せばキリがないので今日はざざっと削って、帰途につく、ところまでスキップしよう。

餃子と焼鳥とワインを買う。

言い直そう。
ビールを美味しくするために特別に考案されたのではないだろうかと思えるほどに絶妙な濃厚さの「なごみ」の餃子3人前と、味と質にこだわるなら誰でもここで買う、甲子園口随一の名店で焼鳥を見繕い、甲子園口だと言えば誰でもその名を知る駅前の瀟洒な酒屋「十字屋」で白ワインと瓶ビールを買った。

こんなディティールが必要なのかと疑問に思う人もあるかもしれないが、これが後年子らに読まれる日記であると認識すれば、単に「餃子と焼鳥とワインを買う」と書くことの味気なさが分かってもらえるのではないだろうか。

余談だが、いまのご時世ではディティールについては注意が必要であり、何気なく書いた単語が不本意にも、いわゆる「リア充気取り」ととられかねないことがある。

例えば、成城石井でワインを買った、と書けば、セレブぶりやがってと取られることがあるということである。
パリでお茶したとなれば、逆上されるかもしれない。

ここは目を瞑るしかない。
聖徳太子だって、同時に気を配れるのはせいぜい10人程度。
ディティールの取捨選択は対象となるストライクゾーンを思い浮かべてするしかない。

以上、縷々述べてきた要点をまとめれば「主題があってしかしそれをかざし続けるのは野暮なのでチラ出しする程度にし」「一体何の話なのだといった身をかわすような出だしで書き始め」「対象を描くだけでなく季節や時事といった背景に触れ」「見たまま聞いたままにとどまらず五感を通じた言い換えや投影を施し上位概念の尻尾を掴もうと試み」「ディティールは掘り下げるが過多にならぬよう取捨選択し」「思いついたことは全部書かず歯がゆいぐらいに話を端折って」「注意ひくための変な比喩を織り交ぜ」「実は好き勝手な価値評価で言いたい意見を述べている」という8つに収まる。

先生がくれた作文心得八ヶ条に加え、父が伝授する上記8つについても是非導入を検討してもらいたい。