1
「マッド・マックス怒りのデスロード」を見終えて事務所を出る。
向かうは奈良葛城。
今夜、鶴亀で宴会だ。
車窓の向こう側、曇天の大阪市街に目をやるが、ド派手なアクションシーンが目に焼き付いて離れない。
スピード感一向に衰えぬまま奇抜な世界が眼前をブッチギリで爆走し続けている。
のっけから凄まじく、最後の最後まで凄まじい映画であった。
子らにも見ておくよう言わねばならない。
王寺駅で乗り換える。
西大和学園の生徒を何人も見かける。
奈良と言えば東大寺が不動のナンバーワンだが、肩は並べないまでも、少しくらいは西大和も迫っているとは言えそうだ。
両方合格しても東大寺を選ばず西大和に入学する生徒が年々増えている。
今年の中学一年ではその数が三十人にも上ったという。
学校生活のプロデュース力が他の追随を許さない。
生徒を一人一人大切にしていく姿勢にも、きちんと向かい合って一人一人を育て上げていく総力の結集具合にも、嘘偽りが全く無い。
この学校には手抜きがない。
親も子もそこに確かなものを感じるのであろう。
大阪星光もウカウカしていられない。
実際、親自身が星光出身なのに、子の学校として西大和を選択するケースが生じはじめている。
あの子もこの子も、もとをたどれば、父は星のしるべ。
両方受かって迷ったのは過去のこと、ということにならぬよう星光もそろそろその魅力を多々発信すべき時期に差し掛かっているのかもしれない。
2
近鉄田原線の電車に乗る。
小児麻痺の方なのか、向こう側に座る男性が、電車に乗ったことがとても嬉しいといった様子で盛んに声を上げている。
何を伝えようとしているのか傍目には分からないが喜んでいることに間違いはない。
付き添いの方が周囲に気を遣いなだめようとするが、ウキウキの度は高まるばかりのようである。
それを遠目にしていた一人の女の子が横に座る母親に小さな声でうるさいねと言った。
母は娘に言う。
見なさんな。
その母娘は韓国映画である「オアシス」という作品を必ず見るべきであろう。
目を塞ぎたくなるようなリアリズムに貫かれ見るも苦しい映画ではあるが、平穏な日常へと収斂していくラストシーンが美しく、そこに垣間見える希望によって胸につかえていたものがすべて晴れやか昇華していく。
彼ら彼女らにも世界があって、彼ら彼女らもその美を享受している。
そうと知れば、うるさい、といった身の毛よだつような一言など発せられるはずがない。
3
例のごとく、鶴亀で飲み過ぎた。
王寺駅まで送っていただき電車に乗ったが、気が付くと終点の難波駅であった。
私は乗り過ごし、折り返しの出発を待つ電車の中で寝入っていたのだった。
立ち上がろうとするがフラフラだ。
渾身の力を奮う。
這うようにして電車を乗り換え、不死身のボクサーみたいに踏ん張って立ち続ける。
このまま家にたどり着けるだろうか。
半信半疑であった。
何とか弱気の虫をねじ伏せ、ひと駅ひと駅を耐えしのいだ。
そして私はこの苦難の道のりを踏破した。
ソファで寝転がったとき、安堵が光のように満ちて私を包んだ。
家内が横で何やら話している。
その声がテンカウントのように響く。
私は心置きなくソファに身を預けて沈み込む。