KORANIKATARU

子らに語る時々日記

一瞬一瞬に息を呑む


ちょうど西陽が車内に差し込む時間帯。

私の前に子連れの夫婦が腰掛けた。
親はどちらも年若い。
父親が抱っこ紐で子を胸に抱いている。

乳児は小さな手を伸ばし父親の顔を掴んだり叩いたりしている。
父親はその手になされるがまま、まるで何か大切なことを語りかけるように表情の造作をあれこれ変えて一心に子の顔を覗き込んでいる。

横に座る母親は柔和な笑顔を浮かべその様子を眺めている。

阪神電車が淀川に差し掛かる。
河口附近の水量は分厚く、川面がのったりとうねっている。
その波間で西陽が乱反射し、車内はいたるところ光に満ちた。

金曜夕刻、ああやれやれと心くつろぐ。


事務所に寄って帰途につく。

JR神戸線を使う。
吊革に掴まって長男からのメールに読み耽る。
彼の地の様子を撮影した動画を再生し、取り組む課題などを写した画像に目を通す。

数学については進学者向けの高2レベルの内容に取り組んでいるようだ。
financial applicationsのユニットの宿題はかなりの量に上る。
日本ではなかなか経験できないような演劇のレッスンにも参加しているとのことで、異国で演技する長男の様子が浮かんで車内のなかついつい笑ってしまう。

思った以上に充実し濃厚な内容であると窺え、僅か三ヶ月だが彼にとって実り多いとても貴重な経験になると確信できる。

そして何より元気そう。
日本でと同様、新しい友人ができ彼らとうまくやっている風である。
それが何よりだ。


電車を降り、改札を抜ける。
日はすっかり落ちている。

着信が一件あったので駅を出てすぐに折り返す。
そのとき、携帯持つ側の腕を後ろから引っ張る者があった。

振り返ると、二男がそこに立っていた。
もはや私と変わらぬ背丈である。

部活帰りの二男とどうやら同じ電車に乗り合わせていたようだ。

二男は笑って手を振って、先に家へと歩いて行った。
電話の発信音を耳にしながら、私はその背をずっと目で追った。


「柳と風」というイラン映画がある。

冒頭、転校生の少年が教室にやってくる。
机に座るが、そのとき雨が降りだした。

少年はイランの南部から越してきたばかり。
そこでは雨などお目にかかれない。

少年は窓の外に目をやり続ける。
授業に集中しなさいと教師に咎められても、少年は雨から目が離せない。

少年と同様、いつしか映画を観る者までも新鮮な気持ちで雨に見とれることになる。

何でもないようなところに息を呑むような美しい場面が潜んでいる。
一瞬一瞬が素晴らしい。
そう気付かせてくれる映画であった。

目を向ければ、そこかしこ見どころ満載。
平凡な日常であっても飽きることなどない。

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