わたしの隣に親子連れがやってきた。
若い父親は現業職の方であろうか。
茶に染めた髪、着古してくたびれた感のあるブルゾン、ささくれた手の様子からそう窺える。
父親の横にちょこんと座る少年は幼稚園年中さんといったところだろう。
コンビニ弁当を分けて食べ、父親が少年に何やら野球について説明している。
幼い子の目に甲子園球場は壮大であろう。
藍色の空間のなか、ここだけが眩しいほどに輝いている。
土の匂いが微風に乗って柔らか漂い、芝の緑が色鮮やか目に染み入ってくる。
そこに重厚屈強な体躯の選手らが巨木のように林立し、次の瞬間、大迫力で動き出す。
少年は不思議なものでも見るみたいに一心にグランドに目を注いでいる。
彼にとって長く脳裏に留まる光景となるに違いない。
七回裏が迫り父親が席を立つ。
戻ってきた父親が手にしているのは、案の定、ジェット風船だった。
甲子園球場でトラキチがするすべてを子に体験させてあげよう、トラ父なら誰だってそう思う。
父親が一つを膨らませて見せ、子にもそうするよう促すが小さな胸の排気量ではなかなかうまくいかない。
その様子を父親がスマホで撮影している。
この子が可愛くて仕方ない、父親の全身から愛情があふれ出ている。
タイガースが勝利し試合後、選手らがグランドに一列となった。
選手が勢揃いするこのチャンスを逃すまい、父親は少年を抱きかかえネット裏まで走り降りていく。
最前列で父親があれこれ指差す。
子に選手の名を教えているにちがない。
席に戻って、売り子から買ったジュースを父親が少年に手渡す。
ヒーローインタビューが始まって、ところどころで歓声が沸き起こる。
その度、少年はジュース飲みつつグランドに視線を向ける。
この夜、めくるめくほどに楽しい時間を彼は過ごせたに違いない。
そしてこの先日本はいろいろと大変だ。
経済は長く停滞し政府財政は破綻寸前とも噂される。
目先優先の支出は止まず社会保障費は際限なく膨れあがるばかりで、ツケはすべて将来世代が負うことになる。
将来世代の生肉屠って腹肥やすようなものであり、現状については財政的幼児虐待がますます過激化しているという言い方がまさに的を射ている。
トラキチがタイガースを応援するみたいに将来世代を熱烈に応援する勢力は見当たらず、タイガースを救うヒーローはあっても日本を救うヒーローはこの先当分現れそうにない。
後は野となれ山となれ時代。
後世、21世紀をまたぐ頃の日本はそのように振り返られるのかもしれない。
父が優しく子も可愛いい、この日たまたま隣り合った親子連れの様子は微笑ましくも美しいものであった。
それに加えてタイガースも勝利した。
しかしなぜなのだろう案ずるような気持ちがよぎって沈思を免れ得ない。