黒く濡れた路面がヘッドライトで照らされ、激しく地面打つ雨滴の様子がくっきり見える。
信号が変わる度、傘を差す一団が縦横斜めに急ぎ足で行き交う。
わたしはトレッドミルの上。
地上に見える豪雨の交差点に目を落としつつ、一定のリズムで走り続ける。
と、マシン上で流していた音楽がクリスマスソングに変わった。
次の曲もそう。
サンタが街にやってくると歌声弾んで、屋外の雨脚は強くなり、わたしのピッチは速くなった。
なんとも季節外れではあるがそのズレが味わい深く、クリスマスソング特集を相棒に走り続けることにした。
クリスマスと言えば、周囲の華やぎをよそに孤独。
わたしにとってはそのような風物詩として位置づけられる。
ごくごく若い頃、ちょっと寂しいような思いをすることがあった。
そのときの記憶がいまもクリスマスの印象を代表している。
あの徹頭徹尾な祝祭ムードは一種の集団催眠のようなものと言えるだろう。
一年のうち最も夜が長くなる冬至の日、孤独ではない、それを皆で祝い喜び分かち合うことが趣旨のようなものである。
だから孤独であればなお一層、祝祭どころか醒めてますます物悲しいということになる。
いま孤独からは程遠い。
かつてあのとき感じた寂寥は記憶にもおぼろな話の枕程度の存在となっている。
ことほぐべきことだろう。
ジムを終えクルマで帰途につく。
大雨のせいか道が混んでいてなかなか前へと進まない。
仕方ないので歌うことにした。
90年をまたぐような時期。
ちょうどわたしが大学生だった頃である。
当時のヒットソングをクルマで流し、わたしは思い出にひたって歌った。
子らもいつかはハンドルを握ることになる。
父として伝言しておこう。
渋滞の際には歌えばいい。
将来いつか歌いつつ、親父はどんな風に熱唱していたのか、わたしの姿を頭に思い浮かべることがあるなら幸せなことである。
家に戻るとこの日家内が明石で仕入れてきた食材が並んでいた。
刺身が美味い。
新鮮な身には単離した糖がたんと含まれている。
その甘味が旨味となるから、やたらと美味い。
試験勉強に勤しむ上の息子をよそに、明石焼きをおやつに家族で団欒。
テレビでは懐メロが流れている。
時折、家内が歌って、わたしも歌うが、よくよく考えればわたしたちが小学生の頃に馴染んだような曲ばかり。
はるかな時間の流れを振り返って口ずさむ懐メロはしんしん深々心にしみる。
例えれば、一人で孤独にハーモニカをふいていたところに賑やかなサウンド奏でる明るい奏者が合流し、奏者が奏者を呼んで四人になった。
家族はある種のバンドみたいなものとみることもできそうだ。
ときに交互に替わって、メンバーの誰かがセンターに立ちソロでも演奏する。
サウンドが止むことはない。
当然、寂寥とは無縁ということになる。