職住近接。
寝室を出て廊下を跨げば書斎。
朝4時過ぎ、デスクに向かう。
コックピットに入るようなもの。
寝床よりもはるかに落ち着く。
ただただ仕事と向き合う時間を過ごす。
集中度はかなり高い。
ひと仕事終えて朝食を済ませ、もうひと仕事してから事務所に向かう。
以前なら所要30分。
いまは50分ほどかかる。
環境の違いがここまでものを言うとは当初想定していなかった。
旧事務所はいわば下町のなかにあった。
言葉を冠するなら猥雑。
一方、新事務所がある谷町六丁目は整然としている。
行き交う人の人相も身なりもまるで異なる。
地が発する「気」というものが実在する。
そう感じる。
澄み渡ったような、透徹した心持ちで仕事に取り組むことができる。
事務所はタワーマンションの一室。
いわば別宅のようなもの。
階数が序列を表し、うちは中の下。
もとが下の下の出であるから、それでも御の字と言え、中の下であっても仕事の質は以前よりはるかに高まった。
朝から業務に携わる助さん格さんも同意見。
一体、前の場所は何だったのか。
そう漏らすくらい、仕事がしやすい。
時刻は昼過ぎ。
デスクについて業務に合流した。
この日は月末。
わたしは幾つもの請求書を作成しなければならなかった。
つくづく思う。
請求せずに済めばどれだけ幸せなことだろう。
仕事の喜びは相手が喜んでくれること。
請求すればそれに水を差す。
そう思えてならず、気がとがめる。
払いについては、「いいよ、気にしないで」。
そう言えるのが理想。
思えば星光生はみなそんな気質なのではないだろうか。
しかし、理想は理想。
そんな理想はあまりに現実離れしていて夢想の領域に属していると言わざるを得ない。
業務に全力投球する助さんだって格さんだって暮らして行かねばならず、それぞれ一家の大黒柱でもある。
やはり、皆のお情けを頂戴せずには済まされない。
不本意な気持ちを宥め賺して請求書を作成し終え、まだ夕刻の早い時間。
気持ち解き放たれて、事務所周辺の広々とした通りをぶらり歩いた。
いつの日か、請求と無縁。
賽銭箱を置き、頂戴するお志の範囲で暮らす。
そんな日のことを夢想した。