事務所へと向かう道すがら、ひさびさ実家に立ち寄った。
軽く世間話をして、元気そうに見えたので今度一緒に東京にでも行こうと誘ってみた。
季節もいいし、孫たちも喜ぶ。
しかし、父は首を振った。
気が進まないとのことだった。
母がいれば返答は異なるものになっただろう。
そんな父の気持ちがわたしにも分かるような気がした。
東京で孫らと会えば、母の不在がより一層際立つ。
そんな感情に向き合うのは依然として酷なことであるのかもしれなかった。
父からすれば、東京は遠い。
上京した回数など知れていて、わたしが大学に入ったときと妹が嫁いだときとあと一、二回といったところだろう。
そして、それら数えるほどの機会すべてに母が同行していた。
母が元気ならどれだけよかっただろう。
実家を後にし鶴橋で途中下車して冷麺を食べ、しみじみそう思って気がついた。
いまここに母がいれば。
父もわたしも弟もそして妹たちもいろいろな場面でしょっちゅうそう感じているはずで、何か願いを叶えてあげると言われれば、「母に会いたい」と皆が口を揃えるに違いなかった。
つまり、わたしたち家族をいまも母がしっかりと繋ぎ、心優しく明るく可愛いらしい母がいたからこそ、わたしたちは当たり前のようにずっと仲良くやってこれたのだった。
世間を見渡せば家族とは名ばかりで、兄弟どうしで陰口をたたいていがみ合い親が夫婦揃って子を怒鳴って罵倒し、挙げ句、家族間の共通項が憎しみといった醜悪極まりない惨状を呈し、それが嵩じてときに物騒な事件にまで至る。
単に家族であるというだけでは足りず、そこに誰かの圧倒的な献身が付加されないと家族「らしさ」は生まれない。
そういう意味で、間違いなくうちの家族のMVPは母であり、いついつまでも全員一致でMVPは母なのだった。