土日にたっぷりと運動し、カラダを動かすことの喜びにひたった。
日々よく眠れ、食欲も旺盛。
それでカラダも頑丈でよく動く。
申し分なく健康で、その健康を思うと感謝の念で胸がいっぱいになる。
それにこの健康が「いざ」という時の備えともなる。
健康でさえいれば、仕事の負荷が増大しても持ちこたえることができ、逆境に訪れられても跳ね返すことができる。
そう思えるだけで心丈夫で、健康がすなわち気概の源なのだと心底思う。
そしてもちろんわたしだけが健康であっても意味はない。
一緒に暮らす家内にもそうであってもらわねばならず、子育てを終えたのであるから、あとはのんびりゆっくり好きなことをして楽しんで、健康増進を心がけ日々楽々と暮らしてもらいたい。
互いのこの健康が両輪になってこそ、より良い未来が切り拓かれていくのだと思う。
あれこれ健康のため積極的な家内であるがこの日はボディケアに出かけ、だからわたしはひとりジムで過ごし、家内が留守なので前日同様、西北の駅前で食事を済ませて帰ることにした。
カウンター席に腰掛けて、今日が母の日であることを忘れるはずはなく、ビールを飲みながら母を想った。
日曜日の午後、お酒を酌み交わし皆が笑って団らんの時間を過ごしていた。
それでわたしは母の笑顔を思い出し、いま見たいのは誰の笑顔かと問われれば母と即答できるが、母が不在であるからその笑顔を思ってとてもわたしは笑えない。
もし同席していたら伝えたいことが山ほどもある。
健康に産んで育ててくれてありがとうという感謝の言葉からはじまって、近況の報告に至るまで、話し出せばキリがない。
母の孫である長男も二男も元気に頑張っていて、わたしも元気に頑張っている。
それだけで母は満足するだろうから、そこでまた母の笑顔が思い浮かんで、その笑顔が優しい笑顔であったから、一気に涙が押し寄せそうになった。
が、ここは酒場で周囲には人がいてみな楽しそうにしている。
わたしはこらえて耐えて、会計を済ませて店を出た。
外に出るとちょうど雨が降り始めたところだった。
傘の要らない程度の雨降りだったから、泣いて歩くにはちょうどいい。
雨に濡れそれを合図に涙腺が徐々に緩んでいった。
めでたい母の日。
わたしのように雨に濡れて過ごした人もいたことだろう。